2000年から4年連続地区優勝を成し遂げたオークランド・アスレチックス。そのチーム編成の中心人物、ビリー・ビーンGMを描いたベストセラー、『マネー・ボール』における野球戦略を検証する。

『マネー・ボール』とは?


『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』マイケル・ルイス著 税込1680円
『マネー・ボール』は、しばしば野球の理論書・必勝本のように語られるが、実際のところはそうではない。『マネー・ボール』はマイケル・ルイスという著者によって書かれたノンフィクション本だ、というのが私の解釈だ。

そしてそこに描かれているのは、2002年におけるオークランド・アスレチックスの独特の野球戦略であり、その指揮官として登場するビリー・ビーンGMの姿だ。

この本には、当時のアスレチックスが採用していたデータ戦略が事細かに書かれているわけではない。おそらくは戦略やデータ解釈全体のほんの一部分だけだろう。むしろ文章の多くは、なぜアスレチックス及びビリー・ビーンがそういう戦略をとったかの描写に割かれている。

ビリー・ビーンのGMとしての実績は明白だった。総年俸が金満球団ニューヨーク・ヤンキースの3分の1ほどであるアスレチックスを、4年連続地区優勝に導いたのだから。

「データ」よりも「解釈」


重ねて言うが、『マネー・ボール』は普遍的な野球理論そのものではなく、少ないリソースでいかに効率よくチームの勝ち星を積み重ねたり、選手を採用したりするかという、経営戦略及び最適化の一つのアプローチを描いたドキュメントだ。ゆえに、巷間マネー・ボール理論と呼ばれているものが、即座に普遍的な野球必勝理論に繋がるわけではない。

ここに描かれている、ビリー・ビーンチームの姿は、データ野球には違いない。しかしただデータを重視するのみならず、それにどういう解釈をするかに重きが置かれているという点で、セイバーメトリックスと呼ばれる統計学的アプローチの色彩を強めている。

しかし、このマネー・ボール理論(のように見えるもの)はしばしば斬新で思い切ったアプローチをとるので、ある読者には「目から鱗」であり、またある読者には「極端すぎる」と捉えられることが多い。

【マネー・ボール「理論」の実際】→

マネー・ボール「理論」の実際


では、マネー・ボールにおける当時のアスレチックスの戦略を、本から読みとれる限りで記していこう。

まず攻撃側では、打点などの「偶然性」に左右される指標を軽視し、もっぱら出塁率や長打率を重視する。出塁率という意味では、四球を選ぶことや選球眼に重きが置かれている。その反面、盗塁やバント・エンドランなどは、アウトを与えるリスクとリターンから、全くと言って考慮に入れられない。実際の試合では、これらの戦法は積極的に回避される。

また、守備力さえもあまり考慮されない。出塁+長打での得点に比べ、守備による失点は無視できる数値だというのがその理由だ。また、守備記録(エラー等)も、選手個々の守備能力を反映しているわけではないと切って捨てる(守備範囲の広い選手ほど、守備機会も多いがエラーも多いというケースなど)。

次に投手では、自分で防ぐことのできる与四球、奪三振、被本塁打などの指標は重要視されるが、被安打は殆ど省みられない。「ヒットは偶然の産物であり、防げない」という極端なセオリーによるものだ。

そしてこれらに基づいて、統計学的手法により導き出された指標により、アスレチックスは選手のパフォーマンスを評価する。結果的に、他球団の採用する従来評価とは大きく異なるが、アスレチックス戦略の中ではよく働く、コストパフォーマンスのいい選手を他球団やドラフトから得ることができたのだ。

「得点公式」の検証


ここで一つ、『マネー・ボール』の中にある公式を検証してみよう。チームのシーズンにおける予想得点だ。以下の簡単な公式で、あるチームが1シーズンにどれだけ得点できるかを予想するというものだ。

予想得点数=(安打数+四球数)×塁打数÷(打数+四球数)

この公式を、2005年のパ・リーグにあてはめてみよう。次のような結果になった。

【2005年パ・リーグシーズン予想得点と実際】→

2005年パ・リーグシーズン予想得点と実際


チーム安打四球塁打打数予想得点実際の得点乖離
ロッテ133643821114730725740+15
ソフトバンク130035620874624694658-36
西武124043719964611663604-59
オリックス120237617294616547527-20
日本ハム120334919444734594605+11
楽天116634716714577513504-9


上記の解説


どうだろうか。簡単な公式にしては案外当たっている、というのが正直なところだ。1シーズンの総得点を求めるのに、試合数などのパラメーターが一切ないし(それは暗黙のうちに打数に収束する)、また複雑な近似式でもない。変数は極端に単純化され、計算は足し算・かけ算・わり算で済むという、はっきり言ってしまえば算数のレベルでシーズン得点が予想できてしまうということだ。

もちろん、これがマネー・ボールの真髄というわけでもないだろう。あまりにも荒っぽすぎるからだ。しかしながら、このアプローチの方法論には大いに注目したい。基礎公式をこの程度まで最適化したならば、ここからさらに近似させる方法は色々と考えつくことができるからだ。

【『マネー・ボール』が唯一絶対ではない】→

『マネー・ボール』が唯一絶対ではない


『マネー・ボール』で描かれている野球戦略の斬新さゆえに、この本を手に取った人の中にはしばしば「マネー・ボール信者」とも言うべき極端さに走ることがある。

それはベースボール(野球)というスポーツから、血や汗や涙や努力という人間臭い要素を一切廃するがごとくのデータ主義と言おうか、「唯データ論者」に傾きがちだということである。

もちろん、ベースボールのあらゆる結果はデータという数字になって眼前に現れるし、そのデータは確率論的にかなり正直なものである。例えば、シーズン当初に5割の打率を誇っていたバッターが、それを1年通して続けられることはない。長く試行回数を重ねていけば、その値がある範囲内に収束していくことは経験的に自明だ。

しかし、ベースボールを指導する側や観戦する側が、データにのみ依存するのは危険である。データは結果であり、あくまで過去の指標値であるからだ。

また、マネー・ボールで描かれた方法論が唯一絶対のものではない。アスレチックスの方法論は、いかにコストをかけずに最適化するかということに特化したものであり、やや皮肉な言い方をすれば、「プレーオフ止まり」のチームでしかなかったということだからだ。

『マネー・ボール』の先へ


マネー・ボールに限らず、一般的にあるデータ戦略や方法論(メソッド)が効果的に通用する期間は限定される。いわば賞味期限なるものが存在すると言っていいだろう。あるメソッドが広がれば、そのメソッドに対する先行者利益が減少するからだ。しかしもちろん、そこまでに確立されたセオリーが無に帰するのではなく、そのセオリーを元にして新たなセオリーが打ち立てられていくのが常である。

現在のメジャーリーグを巡る状況では、アスレチックスの方法論はやや失速気味だ。2005年、「スモール・ベースボール」を標榜したシカゴ・ホワイトソックスがワールドシリーズを制したのに対し、オークランド・アスレチックスは2年連続プレーオフ進出を逸した。

日本でもWBCで王代表監督が「スモール・ボール」を提示したように、マネー・ボール的な「動かない」野球ではなく、走塁や小技を含めた「小さな野球」に評価の機運が高まっている。また、走・守・肩・力・技などを総合的に評価した、いわゆる「5ツールプレーヤー」などという呼び方も流行っている。

一時期のメジャーリーグのホームラン合戦に見られたような、ビッグ・ボールからスモール・ボールへの回帰は一つのムーブメントとなっているが、ただ時代が逆行しているわけでもない。むしろ、今の現象はマネー・ボールでも提示されたメソッドを踏まえた上でのアプローチだと言うことができるだろう。

次の機会に、マネー・ボール理論の欠陥と、「スモール・ボール」ムーブメントへの移行について解説する予定だ。『マネー・ボール』の先にあるものは何か。時代は常に、前のメソッドを越えて先に進む。

<関連リンク>
『スモール・ベースボール』とは何か?
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