北村薫が新境地に挑んだ
シリーズ第1弾『街の灯』

『街の灯』
名家の令嬢・花村英子が謎めいた運転手の別宮みつ子とともに難事件に挑む。歴史ミステリー・シリーズ第1弾。
1995年から2001年にかけて刊行された〈時と人〉三部作がそうだったように、北村薫は強いモチーフによってシリーズを構成する作家だが、最新刊『鷺と雪』で完結した〈ベッキーさん〉シリーズは昭和初期を舞台にした歴史ミステリーだ。時は昭和7年――上流階級である花村家に女性運転手・別宮みつ子が雇われることになり、令嬢の「わたし」こと英子は彼女を「ベッキーさん」と呼ぶことにした。博学にして頭脳明晰な「ベッキーさん」との出逢いを通じて、英子は多くの謎に直面していく。それは同時に"時代"と切り結ぶことでもあるのだった。

2003年に上梓されたシリーズ第1作『街の灯』には3編が収められている。新聞で知った怪事件を解決する「虚栄の市」、暗号解読を扱った「銀座八丁」、上映会中の変死の謎を解く「街の灯」――いずれも謎解きは平易なものだが、昭和初期の令嬢の視点から綴られる(当時の)風俗や価値観はすこぶる興味深く、男勝りの「ベッキーさん」の言動も爽快さを感じさせる。同じ著者の〈円紫さんと私〉シリーズに通じる文学趣味を漂わせつつ、端正な時代小説として楽しめる内容になっているのだ。

トリッキーな着想が冴える『玻璃の天』

『玻璃の天』
思想家が不可解な墜落死を遂げた。英子たちが辿り着いた哀しい真相とは? 第137回直木賞候補作。
続編にあたる『玻璃の天』には「幻の橋」「想夫恋」「玻璃の天」が収録されている。人間の悪意を巧みに描く「幻の橋」、失踪者の残した暗号を解く「想夫恋」を経て、表題作では「ベッキーさん」の出自が判明するが、ベタな物理トリックの存在は著者のミステリー作家としての矜持ゆえだろう。かくして英子は成長し、社会はキナ臭さを増し、危険な"予兆"は徐々に強まっていくのである。

次のページでは『鷺と雪』を御紹介します。

日本が激動の時代を迎える
シリーズ最終作『鷺と雪』

『鷺と雪』
台湾に居るはずの男はなぜ写真に写ったのか? そして日本は何処へ向かうのか? 時代の節目を描くシリーズ完結編。
北村薫の最新作にして〈ベッキーさん〉シリーズ最終巻にあたる『鷺と雪』では、名門家の子爵が暗黒街のルンペンに紛れていたという「不在の父」、老舗和菓子屋の子供が夜の上野に居た理由を探す「獅子と地下鉄」、写真のトリックを解明する「鷺と雪」の3編が楽しめる――が、本書のクライマックスは謎解きではなく、3冊にわたって培われてきた"予兆"の炸裂にほかならない。著者は本シリーズにおいて、世俗から離れた令嬢の視点に立ち、五・一五事件から二・二六事件までの四年間を活写してみせた。謎の提示と回収だけではなく、その背景に"時代"を織り込むことで、本シリーズは歴史ミステリーとしての高い完成度を獲得している。たとえば「不在の父」の一節が表題作の伏線であるように、全編がクライマックスに収斂するように計算されているのだ。

あるいはこうも言えるだろう。刊行順にシリーズを読み進めることで、読者は作中で醸された"時代の空気"の変化を察知できる。その感触こそが最大の眼目なのだ。そこに何を感じ取るかは、もちろん個々の読者に委ねられている。

【関連サイト】
〈著者インタビュー〉ベッキーさんが、われわれに託すもの文藝春秋公式サイト内の北村薫インタビューです。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。