ジャック・ケッチャムの特異性

『オフシーズン』
ニューヨークからメイン州の避暑地を訪れた6人の男女が"食人族"に襲われた。"食人族"と"都会族"の死闘を描くデビュー作。
小説を読むことは一種の疑似体験だが、読者の求める"それ"がポジティヴなものだとは限らない。ハッピーエンドの恋愛小説に浸りたい人がいるように、嗜虐的な物語を(傍観者として)味わいたい人もいるだろう。そんな"嫌な話"の名手として知られるのが"鬼畜系ホラー作家"ジャック・ケッチャムだ。1946年にニュージャージー州で生まれたケッチャム(本名=ダラス・メイヤー)はボストン大学を卒業後、俳優、教師、出版エージェントなどの職業を経て、1981年に『オフシーズン』で小説家デビューを遂げた。その非情な作風はスティーブン・キングに「正真正銘の偶像破壊者」と絶賛され、多くの長短編がブラム・ストーカー賞に輝いている。インパクトの強いエッジの利いた作品群は――いささか読者を選ぶものの――日本でも多くのファンを獲得しており、アメリカでは旧作の復刊・映画化が相次いでいるという。言うなれば"胸が悪くなるような話"の世界的なオーソリティなのである。

著者の名を高めた衝撃作
『隣の家の少女』

『隣の家の少女』
隣人に引き取られた少女は激しい虐待を受けていた。残酷な日々を少年の目から綴った"鬼畜系ホラー"の歴史的名作。
1996年に邦訳された『ロード・キル』以来、ケッチャムの作品は(約4年間のブランクを別にすれば)年に1冊程度のペースで日本に紹介されているが、著者をメジャーに押し上げたのが3冊目の邦訳書『隣の家の少女』であることは間違いない。1958年の夏――12歳の"わたし"ことデイヴィッドは、隣に転居してきた美少女メグに心を奪われる。交通事故で両親を失ったメグと妹のスーザンは、隣人のルース・チャンドラーに引き取られたのだった。そんなある日、デイヴィッドはルースが姉妹を虐待しているのを目撃する。虐待は次第にエスカレートし、やがてルースはメグを地下室に監禁するのだった……。少女を救えないデイヴィッドの無力感は、さながら刃のように読者の胸を突き刺してくる。決して後味の良い話ではないものの、本作が一つの高みに達した名作であることは確かだろう。多少なりとも興味を引かれた方には、それなりの覚悟をしてから一気に読むことをお勧めしておきたい。

次のページでは最新刊『閉店時間』を御紹介します。

ファン待望の初短編集

『閉店時間』
4編を収録した日本オリジナル短編集。連続強姦殺人魔の犯行記録や異色のウエスタンなどをまとめて楽しめる。
ケッチャムの長編は8冊が邦訳されているが、最新刊『閉店時間』は初めての短編集。厳選された4編を収めた日本オリジナルの1冊である。ブラム・ストーカー賞を受賞した表題作は、不倫を精算した女性バーテンの店に強盗が押し入るというストーリー。"9.11テロ"の影響下で書かれた作品だけに、この著者にしては叙情性を感じさせるのがユニークだ。「ヒッチハイク」では――車がエンストを起こしたために――ヒッチハイクで帰宅しようとした女性弁護士がかつての同級生の車に拾われ、そこへ3人の犯罪者が乗り込んでくる。「雑草」はレイプが趣味のカップルが少女を誘拐・強姦(時には殺害)していく過程を描いたもので、著者は「これまで書いたなかで、いちばん不快な作品」と評している。ケッチャムに鬼畜性と嗜虐性を求める人には必読モノの1編だろう。「川を渡って」は1848年のアリゾナを舞台にしたウエスタン小説。売春窟から脱走した女の妹を救うためにガンマンと新聞記者が活躍する――のだが、売春窟の異常さと皮肉な結末は尖ったものを感じさせる。ここにも著者の感性は強く刻まれているのだ。

選び抜かれた4つの物語を並べることで、本書にはケッチャムの多彩な持ち味が凝縮されている。長編に挑む前に予習として本書に接しておけば、苛烈な作品世界に対する免疫が身に付くかもしれない。以前からの愛読者はもちろん、そうでない人にも"ワクチン"としてお勧めの傑作集なのである。

【関連サイト】
The Official Jack Ketchum WebSite…ジャック・ケッチャムの公式サイトです(全文英語)。
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