記憶喪失のヒロインを描く
異色の鉄道サスペンス
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オーストラリア横断列車で乗客が殺された。容疑者となった記憶喪失の「わたし」は終点までに真犯人を突き止められるのか? |
文庫本の目次を見れば解るように、物語は列車とともに進行している。オルバリーを出発した列車はメルボルンやアデレードを経て、終着地のパースへと突き進んでいく。ちなみに「コニス・リトル」は英国版の名義で、米国版には「コンスタンス&グウィネス・リトル」と記されている。オーストラリア生まれ、ニュージャージー州育ちの姉妹による合作ペンネームなのだ。姉のコンスタンスは1899年生まれ、妹のグウィネスは1903年生まれ、本作の刊行は1944年――と書くと古そうに見えるが、シンプルさとスピード感は現代風のミステリーよりも軽快に感じられる。キャッチーな舞台とヒロイン、テンポ良く繰り出される謎と解決、爽快な読後感などを備えた快作なのである。
次のページでは鉄道ミステリーの古典を御紹介します。
鉄道ミステリーの古典たち
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停車中のオリエント急行で乗客の死体が発見された。名探偵エルキュール・ポワロが突き止めた意外な犯人の正体とは? |
クリスティーの列車ミステリーとしては、他に『青列車の秘密』や『パディントン発4時50分』なども挙げられる。前者はブルートレインで富豪の娘が殺され、乗り合わせたポワロが謎を解くという物語。後者は「併走する列車の殺人事件を目撃した」という友人の主張を受け、死体が捨てられたと思しき屋敷にミス・マープルが(スパイとして)家政婦を送り込む話。後者では列車は前半にしか登場しないが、列車によって特異なシチュエーションを生んだ野心作であることは間違いない。
アルフレッド・ヒッチコック監督
『バルカン超特急』の原作
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特急列車で知り合った女性が消失した。周囲の人々は誰も彼女を見ていないという。不気味な境遇に置かれたヒロインの苦闘を描くサスペンスの古典。 |
鉄道ミステリーは無数に書かれており、セバスチャン・ジャプリゾのデビュー作『寝台車の殺人者』のような好著もあれば――日本では単行本化されていないが――ヴィクター・L・ホワイトチャーチのような鉄道ミステリーの名手も存在する。日本への紹介は充分ではないけれど、欧米の鉄道ミステリーは1つの豊かな鉱脈なのである。
【関連サイト】
・東京創元社公式サイト…版元による『記憶をなくして汽車の旅』紹介ページ。著者と作品に関する記事が読めます。