今年は2回連続で芥川賞候補にノミネートし、『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞を受賞するなど、大活躍だった津村記久子。その最新作が上梓された。タイトルは『アレグリアとは仕事はできない』。働く大人(特に事務経験者!)に読んでほしい1冊だ。

津村記久子『アレグリアとは仕事できない』

アレグリアとは仕事はできない
<DATA>タイトル:『アレグリアとは仕事はできない』出版社:筑摩書房著者:津村記久子価格:1,470円(税込)
主人公のミノベは、小さな会社で報告書の製本を担当している。アレグリアは、大判の図面を複写するときに使うコピー機の名前だ。

冒頭、ミノベがアレグリアを罵倒しまくるシーンで、思わず笑ってしまう。高性能の最新機器というふれこみで導入されたアレグリアだが、1分動いて2分ウォームアップする怠け者。おまけに急いでいるときに限ってトラブルを起こしたり、メンテナンス業者を呼んだ途端に動きだしたりする。あるある、そういう機械、罵りたくもなるよね、という感じ。ミノベの言い回しがSMっぽいのも面白い。

コピー機とOLの闘いを描いたユーモア小説なのかなとニヤニヤしながら読んでいくと、話は予想外の方向へ転がっていく。コピー機の不調、というどこの会社でも起きている現象が、微妙なバランスで成り立っている人間関係を崩壊させるのだ。ミノベと同じ仕事をしているトチノ先輩の2人は、まさにタイトル通りの状況に追い詰められていく。

ちなみに調べてみたら、アレグリア(alegria)はスペイン語で“喜び”という意味らしい。なんという皮肉だろう。喜びと名づけられた機械が、それまでは漠然としていた働く人の違和感や不安に、形を与えてしまうのだから。

ただ、それだけで終わらないのが、この小説の好感が持てるところ。しんどい日常のなかで、喜びを感じる一瞬も見事にすくいとっているからだ。例えば終盤のトチノ先輩のセリフ(P97)には胸を衝かれた。“コピーとり”からこんなに魅力的な言葉が生まれるなんて、という驚きをぜひ味わってほしい。

次ページでは、同時収録の「地下鉄の叙事詩」をご紹介。


他人事じゃない! 「地下鉄の叙事詩」

アレグリアとは仕事はできない
<DATA>タイトル:『アレグリアとは仕事はできない』出版社:筑摩書房著者:津村記久子価格:1,470円(税込)
芥川賞候補作になった『婚礼、葬礼、その他』の単行本に収録された「冷たい十字路」という作品がある。通勤通学の途中で起こった“事件”を、現場にいた人々、それぞれの視点で描き、だんだん全体像が浮かび上がるという構成だ。「地下鉄の叙事詩」も同じ形式で書かれている。

4人の語り手は、満員電車に乗って学校や職場へ向かう人たち。見知らぬ他人と密着するのは苦痛だけれど、乗らないわけにはいかない。また、そんな毎日に慣れてしまってもいる。まず、身動きできない空間で、1人ひとりが考えていることを詳細に描いていくところが面白い。

例えば最初の語り手の大学生はこれから苦手な英語教師の講義を受けなければならないことを忘れるため女の裸を想像し、2番目の語り手の会社員は格差社会について考えつつ以前同じ電車で近くに立っていた女性が読んでいた官能小説の「君の肌は、まるでシルクが呼んでいるようだ」というセリフを思い出す。

それぞれの語り手の交差のさせ方も巧いし、“事件”はまったく他人事じゃないなと思える。朝、電車に乗っているときに、細部がよみがえってきそうな小説だ。

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。