もしも恋愛小説世界の中心にセカチューがあるとしたら、『変愛小説集』に収録されているのは、辺境・秘境に位置する話ばかりだ。でも、世界のはずれでしか描けないものがある。現代の英米文学のなかから愛にまつわる11の変な物語を集めたアンソロジー。なかでもガイドが偏愛する3編をピックアップしてみた。

変だから美しいアリ・スミス「五月」

変愛小説集
<DATA>タイトル:『変愛小説集』出版社:講談社編訳者:岸本佐知子価格:1,995円(税込)
まず「五月」は、見知らぬ人の庭に植えられた一本の木に一目惚れする「わたし」の物語。

恋愛小説は感情移入できてナンボ、木に恋をする気持ちなんてわからない――と思って読むと良い意味で裏切られる。たとえば「わたし」が初めて木に出会ったときのこんな場面。「わたし」は職場へ向かう道を歩きながら、自分が歩道でつまづきそうな箇所をチェックする調査員になったところを想像する。

報告するべき箇所を頭の中でいちいち指さし確認しながら歩いていたら、ふいに目の前の地面が消えた。本当に、消えてなくなった。わたしの立っているところから先の歩道が、いちめんふんわりとした絹の切れ端のようなもので埋めつくされていた。花びらだった。わたしはそれがどこから落ちてきたんだろうと上を見あげて、その落ちてきた元を見た。

こんなにヴィヴィッドに、美しく、恋に落ちたときの感覚を味あわせてくれる小説は滅多にない。その後「わたし」は、相手に頻繁に会いに行ったり、相手のことをもっと知りたくてインターネットでいろいろと検索したり、相手とずっと一緒にいられる方法を考えるようになる。その行動はいかにも恋する者らしい。相手が木なだけで。

相手が木だけに、「わたし」の想いはだれにも理解されない。傍から見ると完全にイッちゃった人になってしまう。ゆえに「わたし」の恋は切実に感じられるのだ。どうしてその相手じゃないとダメなのか。コアな部分は、他者と共有できない個人的なものだから。恋する者は本来的に孤独なのである。

次ページでは変だからこそ悲しい愛を描いた1編をご紹介!


変だから悲しいレイ・ヴクサヴィッチ「僕らが天王星に着くころ」

変愛小説集
<DATA>タイトル:『変愛小説集』出版社:講談社編訳者:岸本佐知子価格:1,995円(税込)
次は「僕らが天王星に着くころ」。愛する人が難病に冒される悲しみを描いた作品は枚挙に暇がない。そんな病気モノの恋愛小説のなかでも、とびきり変な話だ。

主人公のジャックの妻、モリーが、アメリカで流行している奇病にかかったと判明する時点から物語は始まる。その奇病とは、全身の皮膚が少しずつ宇宙服になっていき、やがて宇宙に飛びたってしまうというもの。原因不明、治療は不可能。ジャックは“こうすれば一緒に宇宙に行けるかも”とアイデアを思いついては話しかけるのだが、絶望したモリーはことごとく拒絶する。

結婚したてのころ、彼はモリーによく言ったものだ――きみのどこに惚れたって、どんな馬鹿げた思いつきでも、何の遠慮もなく言えるっていうところだよ。それを失いつつあるのは辛かった。

肉体的な距離よりも、精神的な距離を意識したときの方が喪失感は深い。しかも2人を分かつのは、死ではなく宇宙服。そこで醸しだされる滑稽な雰囲気と淡々とした文章が、逆に別れの悲しみを際立たせる。

次ページでは変だからこそ官能的な愛を描いた1編をご紹介!


変だから官能的ジュリア・スラヴィン「まる呑み」

変愛小説集
<DATA>タイトル:『変愛小説集』出版社:講談社編訳者:岸本佐知子価格:1,995円(税込)
「僕らが天王星に着くころ」は愛し合う2人が離れ離れになる話だったが、最後にとりあげる「まる呑み」は近づきすぎる話。

ある夏の日。語り手の人妻「私」は、芝刈りのアルバイトに来た少年・クリスを見た途端に発情する。若いお肌の質感、後ろ向きにかぶった野球帽、生意気な言葉遣い。自分を抑えられなくなった「私」は、次の家に向かったクリスを追いかけ声をかける。クリスは「私」の尻をつかみ、舌を入れてくる。

で、「私」は彼の舌を強く吸っているうちに、なんとまるごと彼を呑み込んでしまうのだ。そこから始まる2人の共同生活(?)の様子がおかしい。お馬鹿な若い男の子を寄生させたらこうなるのか、という感じだ。

特に夫の会社のパーティで招待客と会話しているときのクリスの行動に爆笑。体の内部にいる男と、どうセックスするのか。奇想がエロティシズムも高めている。

男は自分の欲求を満たしながら安全な場所でぬくぬくと暮らし、女は男のすべてを独占する。グロテスクであっても、ある種、理想の関係を描いているのかも。ラストは切ないが……。

本書には他にも変だからこそ魅力的な話がいっぱい。ぜひ自分の偏愛する1編を見つけていただきたい。

【関連サイト】
「実録・気になる部分」…翻訳家・岸本佐知子のエッセイ。2004年の日記をなぜか1年後に更新するというマイペースっぷりが素晴らしい。読めば病みつきになる面白さ。

【ガイドの読書日記】
「石井千湖日録」…最近気になる新刊、積読、読了本など紹介しています。
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