『憑神』
舞台は幕末“神”に憑かれた下級武士を通して描かれるものは・・・★ごめんなさい!書影は後日・・・

『憑神』
・浅田次郎(著)
・価格:1575円(税込)

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■時は幕末。不遇な日々を過ごす貧乏旗本の次男に憑いた神。神は神でも・・・
 
 ますます円熟味を増す、稀代のストーリーテラー、浅田次郎の新作時代長編。

 時は、後の世に「幕末」と称される時代。貧乏旗本の次男坊・別所彦四郎は、別所家の屋敷の離れで、年老いた母とともに、悶々たる日々を過ごしている。家を継げぬ次男ながら文武に秀でた彦四郎は、その才をみこまれ格上の家に婿として入ったのだが、跡継ぎを授かったとたん、舅たちに疎まれ、離縁されたのだ。形式上は将軍の直参であるといえ、けっして裕福とはいえぬ御徒士の身分で、家を継いだ気弱で怠惰な兄にせいいっぱい遠慮しながら、ただ日々をやりすごす彦四郎。
 そんな彼は、ちょっとした気まぐれから、荒れ果てた稲荷の祠に運の開けるよう祈願をする。すると、なんと、彼の目の前に、“神”が現れたのだ!そして、現れた神は、神は、神でも貧乏神だった・・・大店の主人の姿をした貧乏神は、「祠に手を合わせたあなたが悪い。家にとり憑き、丸裸にする」と宣言する。半信半疑の彦四郎だが、さっそく別所家には、“お家存亡の危機”がやってきて・・・

 貧乏神、厄病神、そして死神と、日本人にはおなじみの邪神たちとの“対決”することになる下級武士を描く本作。幕末ものではあるが、同じ幕末を舞台に新撰組を描いた『壬生義士伝』『輪違屋糸里』などとは、かなりテイストが異なる作品である。だが、既存の価値観がすべて崩壊する世相の中で、己の信念を見定めて生きようとする一人の人の姿を描くという点では、共通しているように思えた。

というのも・・・
■運命に翻弄される限りある命の「人」その輝きを描く

 貧乏神から逃れるため、婿入り先に神を押し付けた彦四郎は、自分は、武士の魂の根幹である「仁」に悖ることをしたのではないかと悩む。厄病神の登場によって知った「先祖伝来の家の誇り」の正体に愕然とする。自身が盲目的に信じてきた「武士の誇り」が地に堕ちていることも実感する。
 だが、彼は、それでも、「もはや武士道など存在しない」と言う神や、法力によって武士の世の崩壊を見通している小文吾たちに抗い、あくまで、武士であろうとする。そして、徳川家でなく、「日本国」のためにともに働こうという同輩・榎本釜次郎の誘いを断り、こう宣言するのだ。
――武士道も人の道もよくは知らぬ。だが、七十俵五人扶の御徒士の道なら知っている。それは、大義に生きるのではなく、小義に死ぬる足軽の道である――と。

 死神の登場によって、自分自身の武士としての生き様、死に様を見出した彦四郎。既存の価値観がすべて崩壊し、混乱する世相の中で、彼は、敢然と己の信念に依って行動するのだ。その姿は、『壬生義士伝』『輪違屋糸里』の主人公たちに通じるものがあるように思えるのだ。

 世の流れは、人ひとりの力によってたやすく変えられるものではない。それは、運命という“神”の領域かも知れず、命に限りある「人」という存在は、運命に翻弄される。だが、そのだが、その世で生きる人の限りある生の輝きは、運命の非情を凌駕する――著者のメッセージがこめられた作品である。

 神にしてはあまりに人間臭い三邪神、鯔に似た容貌で、ボケ・キャラの小文吾、江戸っ子魂全開の蕎麦屋の親父・・・主人公と彼らの掛け合いは珍妙で、ユーモアもたっぷり。そして、ラストは、ぐっとくる。笑いと涙の浅田節、ますます健在ナリ!

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◆映画も話題になった『鉄道員』で直木賞を受賞した浅田次郎。もっとも有名な文学賞のことを知りたいなら、こんなページ「直木賞の情報」

■時代小説って、ハマったらヌケられないんでうしょね。特に幕末ものは・・・。幕末ものを読む楽しみが倍増するページをいくつかご紹介。

本作に登場する榎本武揚を取り上げたページ「VOOR LICHETER」では、彼の一生についての記述のほか、函館・五稜郭での戦いや、咸臨丸のことなど。

「幕末千夜一夜」では、年表、幕末に起きた事件を大小とりまぜて、紹介したエッセイ、全国の藩地図などを掲載。

「ようこそ幕末の世界へ」には、史跡めぐり、幕末関連の祭やイベントの紹介が。幕末好のお出かけガイドに!
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