■みんな、どうしてそんなに簡単に「愛せる」の?愛する実感の沸点の高い人に贈る本たち■

突然ですが、「愛する」という感情を実感するには、沸点のようなものがあって、その沸点の高い人と低い人がいるような気がしませんか?
まだ相手のこともよくわかっていない段階で、「私はこの人が好き、愛している」と他人にも自分自身にいえる人、次々とそんな対象ができる人、いますよね。そんな人は、愛する実感の沸点が低いんだなぁと、思います。「愛され体質」ならぬ、「愛する体質」とでもいうのでしょうか。
今回は、そんな人々に人知れず羨望を感じている人、愛する対象らしき人がみつかったとしても、「ほんとうに、私は、この人を愛してるの?これって愛じゃないかも」と逡巡してしまう人、すなわち、愛する実感の沸点が高い人の痛みを癒してくれる本をご紹介します。

■女性を「きちんと」愛することができないニシノくん。彼の孤独と焦燥に共感して、慰められて、そして・・・

『ニシノユキヒコの恋と冒険』
川上弘美 1470円
まずは、『ニシノユキヒコの恋と冒険』。10人の女性が、それぞれに恋したさまざまな年齢の「西野幸彦」という人物を語る物語。このニシノくん、感じのいい外見、清潔で几帳面、ことさら目立つタイプではないけれど、学年で一番の美女から思いを寄せられている、そんな男の子が、そのまま大人になったようなタイプ。当然、「モテ本」などの力を借りなくても、自分のことを想ってくれる異性には不自由しない、ある意味、憎らしいほど幸福な男。だけど、実は、彼、まさに、愛の沸点が高い人物なのです。彼は、人生のうち、いくつもの恋愛を体験しますが、結局は成就しません。そんな彼は、自分自身にこう問いかけます。

 「どうして、僕は、きちんと女のひとを愛せないんだろう」――
この問いかけに心あたりのある方は、ぜひ本作を手にとってみてください。ニシノユキヒコが、誰よりも親しい友人のように思えるはずです。彼の孤独と焦燥に、気持ちがすっと寄り添っていくはずです。
そして、ふっと心が軽くなるでしょう。そう、「きちんと」愛せなくても別にいいじゃないか、と。

■巷に氾濫する「愛の形」から自分に似合いそうなものを探すより・・・。自ら産み落とした「愛」を描く一作

それにしても、巷のメディアには、ほんとうにいくつもの「愛」の形が頻出しています。
あるものは、ニシノユキヒコくんが憧れたたように「きちんと」しているし、あるものは、とてもドラマティックです。まるで、「愛」という洋服が、何種類か売られていて、それぞれの人が、自分に合った形のものをみつけて、それを身に着けているようにも見えたりしませんか?
愛の沸点が高い人の感じている孤独の正体は、そのどれもが似合いそうにはない疎外感もしれません。
次は、そんな疎外感にガツンと効く一冊を。

『ツ、イ、ラ、ク』
姫野カオルコ 1890円
個人的にはここ十年で最高峰の恋愛小説と位置づけている『ツ、イ、ラ、ク』。ある地方の町を舞台にした女子中学生・隼子と教師の恋愛が物語の核になった物語です。かなりドラマティックな設定ではありますが、この小説の真価は、その設定にあるのではありません。
中学生である隼子の「愛」は、お店に並ぶ洋服のようなものじゃなく、自分の身体から産み落とされたものです。この小説には、愛を生み出す過程で彼女が感じる反発や焦燥、痛み、そして快感が生々しいタッチで執拗なまでに丹念に描きだされています。
人を愛するという感情に決まった形などなく、それぞれの人が、それぞれの形で生み出すもの--当たり前かもしれないけれど、忘れかけていた、そんなことに改めて気づかされ、衝撃を受ける一作です。
 
次ページでは、超人気ミステリー作家の新作、直木賞作家の作品を紹介!
■「ずっと愛し、愛される」そうでなくても、愛することには意味がある--そう思わせる二作

愛したなら、愛されたい。それも、できるなら、ずっと--
それは、誰しもが願うことだと思います。でも、現実には、「愛されること」も「ずっと」も、かなえられないことがあるわけです。他人の気持ちはままならないし、自分も含めて、人の気持ちは移ろいやすい・・・そんな諦念は、時として、人を愛することへの恐れにつながる気がします。
でも、でも、「愛されること」や「ずっと」がかなえられなかったら、「愛する」ことは無意味なことなのでしょうか?

『容疑者Xの献身』
東野圭吾 1680円
人気ミステリー作家・東野圭吾の新作『容疑者Xの献身』には、数学という学問のみに人生を捧げ、不確実性の高い他者との積極的な関わりあいを避けてきた主人公が登場します。きわめて愛の沸点の高い彼は、ある女性に出会い、彼女に思いをかけます。そして、やむをえず罪を犯した彼女に対し、何の見返りも求めず、もてる知をすべてつぎ込み、隠蔽工作をしかけるのです。
彼の無償の愛ゆえの行為は、彼の人生にとって、何を意味していたのか。ラスト近く、彼の心情が明らかになったとき、愛するということの重みがずしんが響いてきます。


『だれかのいとしいひと』
角田光代 580円
もう一作、直木賞作家である角田光代の短編集『だれかのいとしいひと』に収録『誕生日休暇』。主人公がハワイで過ごす休暇に出会った男性は、ある女性との結婚式を控えています。でも、その女性の前に、彼には愛した女性がいました。その二人、そして、これから結婚する女性と元・夫、この二組の男女の「愛」は、ちょっとした運命のいたずらで、あっという間に撚れて、変質するのです。「ずっと」愛し愛されると思っていた関係の脆さは哀しくもありますが、その哀しさを受け止め、抱きしめて生きていこうとする登場人物に、あったかい共感を覚えます。

たとえ「愛されること」も「ずっと」もかなえられなくても、ただ愛すること。それはけっして無意味などではない――そう思わせてくれる作品たちが、愛することへの怖れを超える勇気をくれるでしょう。


■身体に刻み込まれた「愛するDNA」を目覚めさせてくれる美しい絵本

人を愛することで、時には傷つきながら、誰かとともに生きることの喜びを得て、そして、そのかけがえのない人との避けることのできない別れを体験し・・・私たちは、親や先祖たちが連綿と繰り返してきた「愛する」という営みの末に、今、ここに在る――
最後に、そんなことをしみじみと思わせてくれる一冊の絵本を。

『岸辺のふたり』
マイケル・デュドク ドゥ・ヴィット 1365円
『岸辺のふたり』の物語は、父と娘の別れから始まります。海辺でのそっけない別れ。娘は、その哀しみと父への思いを胸に抱いたまま、大人になって愛することを知り、自分の人生を歩いていく・・・2001年米国アカデミー賞短編アニメーション作品を絵本にした作品。セピア色の美しい絵とともに課たられる静謐な物語が、私たちの身体に刻み込まれた「愛するDNA」を呼び覚ましてくれるのではないでしょうか。
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