2000年


先生:
このAll Aboutで僕が記事を書き始めたのは、2001年2月15日です。なんだかんだで、既に9年近くなり、ちょうど僕がAll Aboutをやっている期間と言うのは00’s、通称ゼロ年代なんですよね。2009年も既に半ばを過ぎましたから、この辺でゼロ年代というのを振り返りたいと思います。ミレニアムとか2K問題とか言っていたのがこの前のようですから、時の経つのは早いものです。

助手:
amazon.co.jpにあるCDは、ジャケ写からリンクできます。(amazon.co.jpにない場合、海外のamazonや他の通販サイトへ)
STUDIO VOICE 2009年 09月号
ぜひ、やりましょう! ちょうど『STUDIO VOICE』の最終号「ゼロ年代総括」特集を読んで、自分の中でゼロ年代を振り返っていたところだったので!

先生:
えっ、そんな特集をやっていたのですか? 先越されてしまいました。

で、今回の助手と研究生を交えた三者対談をやるにあたって、提案があります。先ずは、各々がゼロ世代として重要だと考えるレコード(アルバムまたはシングル)をピックアップしましょう。その時にどうだったか以上に、今振り返って、意味を感じるものを主眼に選んでもらった方がいいでしょう。結構あるのが、当時はいいと思ったのですが、振り返ればそれほどでもなかったというのもありますし、振り返れば先見の明があって、評価するべき作品もありましょう。どちらかと言えば、後者に選んでいきたいと思います。当然ですが、セールス的にどうだったかは必ずしも重要ではありません。リリースは、2000年1月から現在までを条件としましょう。同じアーティストで2枚以上でもOKです。他の人が既に選んだものもOKです。それを年代順に並べ直して、ゼロ世代を読み取ろうというのが今回の手法となります。話の流れや思い出したみたいな感じで増えていってもいいです。

誰が選んだか分かるように次の印を付けておきます。
■(先生) ◆(助手) ▲(研究生)

第1回は2000年。僕はまだAll Aboutを始める前で、自分でPOP ACADEMYというサイトをコツコツとやっていた頃です。新作も買っていましたが、中古盤を掘ることが楽しかった頃です。

先ずは洋楽という括りで始めましょう。

●Primal Scream『XTRMNTR』(2000年1月)


助手:
Screamadelica
『Screamadelica』と並ぶPrimal Screamの最高傑作のひとつですね。90年代末にChemical Brothers、Underworld、Prodigyらが盛り上げたダンスミュージックの流れを最高のカタチで消化していますよね。まんまChemical Brothersな曲やまんまMy Bloody Valentineな曲があったり、それでも完全にPrimal Screamとしか言いようがないアルバムです。2000年の幕開けとともにリリースされたこのアルバムで、ある種90年代的ダンスとロックの融合はひとつの完成を見たといってもいいのではないでしょうか。

先生:
2000年の幕開けは、確かに90年代と地続きという感じですね。洋楽的には、今も続いている踊れるロック(最近ではロッキンエレクトロ)の兆候なんですかね。ただ、この辺りは90年代のマッドチェスターとかから繋がっていますから、突然現れたもんでもない。

研究生:
どこのロック系DJイベント行っても、「すわてぃっかあ~いず! しーがっ!!」の大合唱でしたねー(笑)。この先行シングル「Swastika Eyes」はモロなテクノチューンでしたが、アルバム全体(特に後半)も、クラウトロックのようなひんやりとした金属的な印象。『Screamadelica』がアシッドハウスへのオマージュだとすれば、本作は彼らなりの90年代テクノの解釈?と思ってみたり。これ以降は「ダンスとロックの融合」なんて、リスナー的には珍しくなくなった感もあります。ゼロ年代へ向けたニュースタンダードだったのかも。何にしても、こりゃ大傑作!

助手:
90年代の総括的アルバムでもあり、ゼロ年代のはじまりを告げるアルバムでもあったわけですよね。まさに2000年にリリースされるべくしてされたアルバムだといってもいいのではないでしょうか? 時代と寝るバンド=Primal Screamの最高峰といってもいいでしょう。

■Phoenix『United』(2000年5月)


先生:
United
この時点で既にフランスは注目されていました。フレンチタッチという言葉がどれほど浸透していたかは疑問ですが、Daft Punk、Airは既に90年代末にデビュー。Tahiti80のデビュー・アルバムも2000年。そんな中、Phoenixのこのデビュー・アルバムは摩訶不思議なアルバムです。基本はサビが泣ける胸キュンポップなんですけど、ハードロック的な部分もあり、曲によってはディスコ寄り(リミックスに至っては完成度高し!)だったり、英米的な要素が混合していたり、中途半端でない折衷の美学を感じます。

フェニックス~折衷主義の魔法

▲Sasha & John Digweed『Communicate』(2000年6月)


研究生:
Communicate
この年にはUnderworldの活動を総括するようなライヴアルバムがリリースされました。じゃ、次は何を聴けば…? そんなムードの中、既にイギリスではトレンドだったプログレッシヴハウスが、日本でも徐々にCD化され始めます。このミックスアルバムに収録されたプログレッシヴハウスは、基本的にストイックでダビー。派手派手しいトランスとほぼ同義になってしまった、現在のプログレッシヴハウスの主流とは少し異なります。グルーヴのポイントとなっているのは、各トラックのスムースなファンキーさや、ふくよかでぶっといサウンド。これらはゼロ年代以降の王道テクノにも取り入れられているのではないでしょうか。

■NASA『Remembering The Future』(2000年8月)


先生:
Remembering the Future
NASAという同名異バンドは複数ありますが、こちらはスウェーデンの二人組。NASAは1983年にデビューしましたが、何故か突然復活して素晴らしいテクノポップ・アルバムを作ってしまうんです。元々、The Bugglesの「Elstree」をカヴァーしていたセンスの持ち主なんですが、このアルバムはどう考えても、New MusikのTony Mansfieldへのオマージュ。仲間内で大いに盛り上がった知られざる名盤です。大きなシーンの流れと繋がっている作品ではないですが、日本では輸入盤でさえもほとんど流通していなったので、インターネットの恩恵を受けたいい例としてゼロ年代的と言えましょう。

スウェーデンのNASA

▲Erykah Badu『Mama’s Gun』(2000年10月)


研究生:
Mama's Gun
R&Bシーンでは、「ニュー・クラシックソウル」や「オーガニックソウル」と呼ばれたムーヴメントがありましたね。ヒップホップ的なプログラミングをベースにしたサウンドに生楽器音色を加え、R&Bに過去のソウルやジャズの躍動感を取り戻させるのが特徴です。90年代末には既に始まっていたこの路線を、コアファンだけでなく一般層にも広く浸透させたのが本作の大ヒットかなと。今ではすっかり定着して、ブラック系ポップスのフォーマットの一つになっているのでは。この辺の音をそんなに掘っているわけじゃないので、あくまでラジオでなんとな~く聴くレベルでなんですけども。

▲IDJUT BOYS『More or Less』(2000年11月)


研究生:
More or Less
ゼロ年代の主流の一つとなる、ディスコリバイバル~ディスコダブシーンのアイコンの傑作1stアルバムです。ディスコのリバイバルサウンドが、ディスコダブというダビーでスモーキーなサウンドで表現されています。このジャンルがムーヴメントとして象られていくのは、確かゼロ年代中期以降だったはず。僕がCDで買った本作が日本でCDリリースされたのも05年でした。ところがアナログ盤では、既にゼロ年代初期の段階で発売されていたようです。ということは、このムーヴメントの胎動はこの時点ですでに始まっていたということに。早すぎた傑作なのかも。

▲Moodyman『Forevernevermore』(2000年11月)


研究生:
Forevernevermore
Moodmanと紛らわしいかもしれませんが、こちらはデトロイト・ハウスのコンポーザー。

先生:
はい、Moodmanと勘違いして、最初、邦楽枠にしましたもん。

研究生:
90年代テクノを牽引したデトロイトテクノ周辺が「Jugar」の大ヒットでひと区切りした後、ネクストジェネレーションとして出現したのが真っ黒というか、黒すぎるドープなダウンビートハウスを奏でるMoodymanとTheo Parrish。当時は“黒いテクノ”とも呼ばれ、話題騒然でした。現在もディスコダブシーンの隣で、(地味に)継続中のダウンビートハウスシーンのベースになった作品の一つ。大傑作です!ただし、ものすごく地味な内容です(笑)。

■The Avalanches『Since I Left You』(2000年12月)


先生:
SINCE I LEFT YOU
フランス、スウェーデンに続いてはオーストラリア・・・僕のセレクトは音楽大国であるイギリス、アメリカが意外と少ないのですよね。サンプリングの洪水のコラージュサウンドの気持ちよさは、感動的です。現在も盛り上がるMODULAR RECORDSの初期看板バンドですが、最近MODULARの記事を書くために再び聴いて、やっぱり風化していないと・・・いや、ゼロ年代の指針にすらなっているのではと思っています。リミックス盤はリリースしていますが、残念なのはその後のリリースが続かなかった事。そろそろセカンドを出してほしい。

MODULAR X UNIQLO

研究生:
これは僕もピックアップしようとしていたアーティストです。大傑作の本作はもちろん、彼らのDJプレイも要注目でした。2 many dj’sと同じくマッシュアッププレイヤーの先駆けです。彼らのDJプレイは2 manyよりもゴリゴリしていないし、より両極端なジャンルをマッシュするイメージ。ロックの曲をばんばん混ぜていくのに、プレイにはこのアルバムのような“やわらかさ”が貫かれていました。だから、個人的には2 manyよりもこっちにがんばってほしかった。そんな思いから、当時は2 manyのミックスアルバムを素直に聴けず、かなり困りました(笑)。

先生:
AvalanchesのDJって聴いたことない・・・ぜひ聴きたいですね。

■V.A.『disco (not disco)』(2000年12月)


先生:
disco (not disco)
これは70年代末~80年代初期の音源をコンパイルしたものなので、反則技です・・・すいません。ただ、その後のディスコパンクとかレフトフィールド系が盛り上がるベースを作ったと思いますから、取り上げました。基本は、NYのポストパンク、ZE RECORDSやParadise Garage的なファンクが根底にある変態ディスコ。続編となる『disco (not disco) 2』や、2008年リリースの何故か同じタイトルなのに収録曲が違って超紛らわしい『disco (not disco)』もあります。

元祖!変態ディスコ

研究生:
これって、あのディスコ大将Joey Negroが絡んでいたんですね。持っているのにまったく気づきませんでした(笑)。で、このシリーズは、僕もピックアップしようと思っていました。レフトフィールド系のルーツはどこにあるのかをしっかり位置づけたことで、シーンの拡大にひと役もふた役も買っていたと思います。ちなみに同じような主旨のコンピ盤で、Soul Jazz Recordリリースの『IN THE BEGINNING THERE WAS RHYTHMS』(2002年)もオススメです。ディスコパンクやディスコダブが持つノーウェイヴ感のルーツとして再評価され、現在ではカリスマ視されるArthur Russell作品の復刻も、この手のコンピ盤シリーズがヒットした流れがあったからこそかなと。

先生:
エレクトロクラッシュのルーツが、割とポップである意味下世話なエレクトロポップだったのに対して、こちらはディスコパンクのルーツですね。でも、意外とエレクトロクラッシュとディスコパンクは被っていたりするんですけどね。

オリコンTOP10


先生:
じゃ、次は邦楽コーナーに行きましょう。2000年のオリコントップ10を復習してみましょう。2000年のトップ10はオリコンの場合、12月初旬から11月末までの統計となるので、11月~12月リリースの作品は翌年に繰り越される場合があります。僕たちのセレクトがどれくらい世間の人気と呼応しているかの指標ともなります。オリコン年間邦楽シングルトップ10を見ると、こんな感じ。サザンの『TSUNAM』は、歴代でも5位に入るんですね。

【オリコン・シングル年間トップ10】
1位 サザンオールスターズ『TSUNAMI』
2位 福山雅治『桜坂』
3位 宇多田ヒカル『Wait & See 〜‎リスク〜‎』
4位 倉木麻衣『Love, Day After Tomorrow』
5位 浜崎あゆみ『SEASONS』
6位 SMAP『らいおんハート』
7位 モーニング娘。『恋のダンスサイト』
8位 B'z『今夜月の見える丘に』
9位 プッチモニ『ちょこっとLOVE』
10位 L'Arc〜en〜Ciel『NEO UNIVERSE/finale』

洋楽も集計には入っていますが、通常ほとんどが邦楽となります。福山雅治の「桜坂」は、高橋幸宏っぽいと一部で話題になりました(笑)。年間邦楽アルバムトップ10だと、意外に倉木麻衣が健闘。このアルバムって300万枚越えているんですね。

【オリコン・アルバム年間トップ10】
1位 倉木麻衣『delicious way』
2位 浜崎あゆみ『Duty』
3位 椎名林檎『勝訴ストリップ』
4位 MISIA『LOVE IS THE MESSAGE』
5位 DREAMS COME TRUE『DREAMS COME TRUE GREATEST HITS "THE SOUL"』
6位 JUDY AND MARY『FRESH』
7位 スピッツ『RECYCLE Greatest Hits of SPITZ』
8位 B'z『B'z The "Mixture"』
9位 福山雅治『MAGNUM COLLECTION 1999 “Dear”』
10位 aiko『桜の木の下』

僕がこの中で所有しているのは、シングルではモーニング娘。とプッチモニといったハロプロ系、アルバムでは椎名林檎くらいですね。

研究生:
この年のチャートで印象に残ったのはサザンですね。2001年でも桑田佳祐のソロシングルやサザンとしてのベスト盤がトップ10へランクインしていますが、サザンが表現者として実質的に“終わった”のがこの『TSUNAMI』かなと。良くも悪くも、本当の意味で国民的バンドになってしまった。だから、このシングル以降はサザンというバンド(なのかどうか微妙なところですが)で桑田さんが表現したい“ちょっとした毒(エロではなく、世に対する皮肉など)”は、表現しても受け入れられなくなってしまった印象です。

結局、この後はセルフパロディ的なシングル数枚と、時代とマッチしているとは言い難いアルバム1枚をリリースしたのみで、2009年に事実上の解散宣言。表現者として身動きが取れなくなってしまった要因を辿ると、この曲の大ヒットに行き着くと思います。桑田さん自身は、ソロアーティストとしてゼロ年代に入っても相変わらず元気でしたが、サザンがいなくなるのはやっぱり寂しかった。大ファンでしたから。

先生:
話が逸れてしまいますが、僕も初期のサザンのレコードはほとんど持っています。渋谷陽一がサザンの「勝手にシンドバッド」をラジオ(たぶん「サウンドストリート」)で流していて、シングル・デビュー前に知りました。それ以降も友達がサザンのコピーもするバンドとかもやっていて、よく聴いていた気がします。比較的最近のアルバムの曲とか知らないですが、確かに初期のサザンは「ブルースへようこそ」とかのあやしい曲や明らかに○○風な曲があったりして、楽しかったです。

■Hi-Posi『ジェニーはご機嫌ななめ』(2000年1月)


先生:
ジェニーはご機嫌ななめ
これは、「ラジオスターの悲劇」をカップリングしたシングル。僕はとにかく「ラジオスターの悲劇」のカヴァーを買う習慣があるので、当然のように買いました。「ジェニー・・・」は今やPerfumeのカヴァーとして方が知られ、Perfumeのライヴでの定番曲となりましたが、この時期のHi-Posiは先見性があったと思います。Hi-Posi自体はこの作品以前から活動していましたが、capsuleのデビューよりも2年早いちょうど1999年のアルバム『4n5』でテクノポップ化をして、男女二人組で、エレクトロとまでとは行かないけど、渋谷系以降のようなセンスももってやっていた訳ですから。

●深田恭子『moon』(2000年3月)


助手:
moon
ボクはこれを後追いで聴いたのですが、とにかく曲のクオリティーがとんでもなく高いですよね。特に「イージーライダー」はアイドルポップスの、というかポップスの最高傑作のひとつといってもいいんじゃないでしょうか。2002年にリリースされたリミックス集『Flow』に収録されているGTSのリミックスもすばらしいです。あと、なんといってもあのフラットな感じで伸びていく歌声がいいですよね。綾瀬はるかも同じようなタイプの声だと思うんですが、残念ながら深田恭子も綾瀬はるかも現在楽曲のリリースはめっきりですね。こころから再開を願います。

先生:
綾瀬はるかって女優としても深田恭子と被るものがありますね。実は、こっちかセカンドかどちらを選ぼうか迷ったのです。デビュー・シングル『最後の果実』がリリースされたのは、1999年5月。うゎ、エレポップ!誰?えっ、フカキョン!って、一人で盛り上がっていました。確かに、歌手・深田恭子は企画ものでもいいから、復活してほしいです。

侮れない深田恭子

研究生:
フカキョン最高!いやー、本作がピックアップされたのは嬉しいです!!曲単位では2nd『Universe』収録の「スイミング」が好きなんですが、最初に聴くならやっぱり本作! アルバム全体の世界観がとても丁寧に構築されているから、一枚通して聴けちゃいます。そして、「イージーライダー」収録のアルバムなのに、アルバムトータルの印象はちょっとアンニュイと、深みを感じさせる一作でもあるかと。あと、「Into The Light」「胸いっぱいの愛を」と、タイトルになぜかLed Zeppelinをチラつかせる曲も収録されていたりします(笑)。

先生:
そう意味では隠れたロック魂を感じる作品ですね(笑)。

■pandart sasanoooha『pandart sasanoooha』(2000年3月)


先生:
pandart sasanoooha
後でお二人が選んでいますが、あえてモーニング娘。は選びませんでした(笑)。たぶん、モーニング娘。の12インチ盤『恋のダンスサイト』(2000年2月)に収録の「恋のダンスサイト(PANDART SASANOOOHA Remix)」でpandart sasanooohaの事は知ったと思うんですよね。壊れたピチカートファイヴみたいなリミックス・・・それでこのpandart sasanooohaのデビューとなった12インチ盤も買ったんだと思います。「Dancing Queen」の人を食ったようなカヴァーが好きだったりします。その流れで、「傷だらけのローラ(PANDART SASANOOOHA REMIX)」を収録した西城秀樹の『bailamos2000』も買った覚えがあります。

▲Fumiya Tanaka『Unknown Possibility vol. 2』(2000年8月)


研究生:
Unknown Possibility vol. 2
90年代の主流だったハードミニマルテクノのアイコンの彼が、本作のようなドープで地味なミニマルテクノを鳴らしたのは衝撃でした。しかし振り返ってみれば、ゼロ年代のディスコダブシーンの方向性とリンクしているようだったり、以降のピュアテクノやミニマルテクノが、ブルースのように内省的になっていくのも予見しているようだったり。本作に込められた「リズムこそがアンダーグラウンド。テクノはアンダーグラウンドへと戻る」というメッセージは、当時でも一聴して理解できました。個人的にはゼロ年代の指針となった作品です。以降に登場してくるアンダーグラウンド系のフロア物へすんなりと入っていけるきっかけにもなりました。

▲Supercar『Futurama』(2000年11月)


研究生:
Futurama
2000年前後は、ダンスミュージックの要素を意識する邦楽ロックアーティストが登場し始めた時期。スーパーカーの場合、ロックバンド的サウンドをキープしつつ、レイヴ的な“ラインの向こう側”の情景を表現しようとしていた印象です。こういったテーマを鳴らそうとする邦楽ロックバンドはこれ以前から存在していました。ところが、日本的な土着感を前面に押し出した説教臭いのも少なくなかった。しかし、スーパーカーは90年代初頭の洋楽オルタナティヴロックからの影響にこだわり続け、本作でついに“突き抜けた”感がありましたね。80~90年代の邦楽ロックとのしがらみが断ち切られ、やっと「新世代」的な何かが始まりそうな期待感を携えていました。ナンバーガール『SAPPUKEI』とともに、ゼロ年代邦楽ロックの始まりを告げる一作だったように思います。

助手:
ダンスミュージックの要素を意識する邦楽ロックアーティストということでいえば、このアルバムと中村一義『ERA』(2000年9月)、それから2001年のセレクトで登場しますが、くるりの『Team Rock』の3枚がその代表格でしたね。ただ、ほかの2組がどちらかといえば”いまの気分"としてダンスミュージックを取り込んだのに対して、Supercarの場合、研究生のいうダンスミュージックが持つ”ラインの向こう側”を追求した結果、崩壊してしまったような印象を受けました。変なたとえですが、フィッシュマンズみたいになっちゃうんじゃないかという心配さえしましたもん。一時期。

●▲モーニング娘。『恋愛レボリューション21』(2000年12月)


助手:
恋愛レボリューション21
これは外せないでしょう。20世紀最後の超名曲です。この時期のハロプロは良曲を大量ドロップしていましたが、あえて1曲選ぶならこれですね。ダンス☆マン編曲の最高峰といってもいいのではないでしょうか。カップリングの「インスピレーション!」も奇跡のような名曲です。たとえばPerfumeの「ポリリズム」と「SEVENTH HEAVEN」のような。

研究生:
一般リスナー的な感覚が強いチョイスですから、助手にはかなり後ろめたいんですが(笑)。しかし、ハロプロがゼロ年代の通奏低音になり得たのは、やはり当時の彼女たちの活躍あってこそ。だから、僕も絶対外せませんでしたね!そしてこの曲を選んだ理由ですが、楽曲の良さももちろんのこと、曲が指し示すベクトルが印象的なのもポイントです。

「LOVEマシーン」やそれ以前のモー娘。って、J-ポップ・シーンをひっかき回すこと自体を最優先しすぎているようにも見えて。彼女たちの良さがその批評的スタンスにあるのは理解しつつも、シンパシーまでは抱けなかったんです。ところが「I Wish」(2000年9月)以降、モー娘。のベクトルは“周囲を否定するのではなく、すべてを受け入れる”というポジティブな方向へ変化していきます。つまり、“破壊者”から、シーンを担う“創り手”へとステップアップしていった。そして、この変化が僕のような一般リスナーへもはっきりと伝わってきたのが「恋レボ」という印象。だから、ここが彼女たちにとってのターニングポイントだったのかなと感じているんですねー。

先生:
ちなみに『恋レボ』は2000年のシングルトップ10には入っていませんが、2001年として5位に入っています。

J-ポップ的にはハロプロ全盛期で、2001年にかけて僕も結構記事を書いていたりして、批評したり、突っ込んだりするには盛り上がれる対象だったんだなぁと。ある時期以降、ハロプロ系の膨大なリリース量とメンバーの多さに着いていけなくなりましたけどね。振り返って、作曲家・編曲家という観点からいい曲を選んでみると面白いかもしれません。フカキョンをやっている元SPANK HAPPYの河野伸やELOネタの永井ルイあたりが、僕が選ぶと多くなりそうです。

じゃ、次回は2001年です。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。