細野晴臣と地球の仲間たち

「裏YMOカヴァー」シリーズ第2弾です。第1弾は、『細野晴臣トリビュート・アルバム- Tribute to Haruomi Hosono -』でも取り上げられた裏YMOカヴァー(YMOのメンバーが他のアーティストのために作った曲をカヴァーしたもの)を紹介しましたが、まだまだあります。ちなみに2007年7月28日(土)には、日比谷野外大音楽堂にて「細野晴臣と地球の仲間たち」というイベントが開催されます。このトリビュートに参加した人たちに加えYMOの残りメンバーが参加するという嬉しい事態となっています。

裏YMOカヴァー(1)~風の谷のナウシカ

赤道小町ドキッ

赤道小町 ドキッ
お化粧テクノ(2)」でも紹介した山下久美子の「赤道小町 ドキッ」は、松本隆=細野晴臣コンビによるものですが、松本隆の言語感覚は本当に天才的です。新たな日本語の創造者です。「歌ドキッ!」「朝ドキッ 」「おさつドキッ」などというフレーズは、松本隆が生み出したといっても過言で無いでしょう。「胸キュン」も同様です。

赤道小町 ドキッ
総立ち久美子を意識した起用だというのは僕の妄想だと思いますが、2006年に「赤道小町」をカヴァーしたのが、巨乳系AV女優として知る人ぞ知る夏目ナナ。お世話になっている男性だけでなく、「an an」の付録DVDにも出演したので、少なくとも「an an」読者には認知されています。プロデューサーは、桜井鉄太郎(COSA NOSTRA)ですが、テクノ度は抑え目でバンド・サウンドに仕上がっています。歌は可もなし不可もなし。このCDは当然、現在も買えますが、DVD付初回限定盤は既に無く、プレミアムが付いています。

SANDII’S LOVE2 PACIFIC
それまでほとんどカヴァーされなかった「赤道小町」ですが、2006年以降増えています。古くはサンディ・オニール、元YMOファミリー、現在クムフラ(フラダンスの師範にようなもの)の称号を持つSANDIIも『SANDII’S LOVE2 PACIFIC』(2006年)もカヴァーしています。このアルバムは、彼女のハワイアン~環太平洋音楽傾倒後の軌跡をたどるベストアルバムとして、新たにカヴァーも加えて発表されたものです。

80's × Mi
Miも『80's × Mi』(2006年)という80年代ソング・カヴァー・アルバムで「赤道小町」を取り上げています。Miはミーではなくエムアイと読むらしいです。TV番組「あいのり」の主題歌に起用された「未来の地図」でブレイクした女子バンドです。サウンドも典型的な女子バンド的カヴァーで、ちょいとシンセーがヒュンヒュンしているのが女子っぽい。アルバムでは、ユーロビート時代を風靡したマイケル・フォーチュナティの「Give Me Up」もカヴァー。BaBeもカヴァーしてましたよね、この曲。

UPPER'S FLAVA~Remixes Of Watanabe Hit Tune~
ここで、リミックスも紹介しておきましょう。ここ数年、歌謡曲やJ-POPをクラブサウンドに昇華させるという手法でいくつかのイヴェントが開催されています。ミッツィー申し訳が主催する申し訳ないとは、その中でもレベルの高いイヴェントで現在も全国各地で行われています。申し訳ナイターズを中心としたDJ陣による渡辺プロダクションの歌謡曲リミックスを集めたのが、『UPPER'S FLAVA~Remixes Of Watanabe Hit Tune~』(2007年)。ここに収録されるのが、ACID TOMMY申し訳Jr.こと福富幸宏による「赤道小町ドキッ Back To 1980 Remix」。あくまでも原曲は崩さず、ダンサブルなリミックスです。

走れウサギ

不遇の実力派アイドルと呼ばれる金井夕子・・・スタ誕出身だし、歌はうまいし(低音フェチには最高)、ルックスだって決して悪くない(アイドルとして売れるため凄く美人である必要はない)。細野・坂本による名曲「チャイナ・ローズ」なんて、レコード大賞にしたいほどです。でも、それほどヒットしていないんですね、当時。尾崎亜美を起用したデビュー・シングル「パステル・ラヴ」は一番売れたと思われるが、オリコン最高位がたったの35位。でも、後に松本典子がカヴァー。金井の「マヤマヤビーチ」は、同じ年(1983年)に岩崎良美に「月の浜辺」として、カヴァーというより再利用されています。

e'cran
金井の『e'cran』(1981年)に収録の糸井重里=細野晴臣による「走れウサギ」は、元々シングル『Wait My Darling』のB面曲「ハートブレイカーのために」の歌詞を書き直した作品です。シングル時は両面、細野作曲ですが、B面の方が明らかによい。

ボーイ・ソプラノ
金井は低音域で「走れウサギ」を歌いましたが、越美晴は、『ボーイ・ソプラノ』(1985年)でアルバムのタイトル通り、高音域でカヴァー。両者とも歌が上手いですが、歌い方が対照的です。このアルバムは細野晴臣のNon Standardからですが、越美晴は、細野晴臣がENレーベルからNon Standardへと移行する際に唯一同伴したアーティストです。

禁区

禁区
細野晴臣が作曲・編曲した中森明菜の「禁区」(1983年)は、後にYMOが再利用した「過激な淑女」が没になった際の差し替え曲として有名です。没にしたのがよかったのか??・・・オリコン1位のヒット曲となりました。

イミテーション・ゴールド
意外なところで、あがた森魚がこの「禁区」をカヴァー・アルバム『イミテーション・ゴールド』(1993年)でやっています。歌謡曲のクラブ仕様リミックスはここ数年静かなブームですが、大正ロマン風クラブチューンへと昇華されています。このアルバム、時代の先取り感があって、細野晴臣の全面サポートの下、美空ひばりの「リンゴ追分」とクラフトワークの「The Robots」を今で言うところのマッシュアップした「リンゴ園のロボットさん(THE ROBOTS)~「リンゴ追分」入り~」にも果敢に挑戦しています。また、高橋幸宏もカヴァーした「白銀はまねくよ」のカヴァーもあります。

鏡の中の十月

鏡の中の十月
YMOのクレジットが入ったYMO以外の曲というのは限られています。近田春夫の『天然の美』では、YMO編曲で「エレクトリックラブストーリー」など4曲収録されていますが、YMO作曲・編曲というクレジットがあるのは、小池玉緒の唯一のシングル『鏡の中の十月』(1983年)です。テクノポップでありつつも、アンニュイ・フレンチ・ウィスパーポップの元祖とも言えましょう。

La Fleur Bleue~青い花~
さて、「鏡の中の十月」のカヴァーをやったのが門あさ美。メディアでの露出はほとんど無い謎の人でしたが、歌って、作詞作曲もできて、美人という三拍子そろった人です。高橋幸宏プロデュースの下、『Anti Fleur』(1987年)に続いて製作されたアルバム『La Fleur Bleue~青い花~』(1988年)に「退屈と二つの月」という曲が歌詞を変えて、リサイクルしています。なお、このアルバム以降のオリジナル・アルバムのリリースはなく、音楽活動を封印してしまったようです。1979年のデビューから1988年まで、10枚のアルバムをほぼ一年一枚のペースでリリースしてきた人だけに残念です。

My Love

恋せよおとめ
「My Love」・・・Wingsではありません。高橋幸宏がプロデュースしたスーザンのセカンド・アルバム『恋せよおとめ』(1981年)のB面ラスト曲。シングル『サマルカンド大通り』のB面でもありますが、目立っていないのにこの曲のカヴァーは2曲もあります。幸宏歌唱パート(歌い方かっこいい)が多く、幸宏ドラムも前面に出ている、当時のYMOともリンクするサウンドが、YMOファンにはたまりません。

なお、スーザンについては、「ガーリーテクノ歌姫~スーザン」でインタヴューしていますので、未読の方はぜひご拝読を! ちなみに、スーザンは2005年の復活ライヴ以来、Yセツ王の「助教授」としても知られる齋藤久師と共にライヴを行っていますが、その中でこの「My Love」のエレクトロニカなニュー・ヴァージョンをやっていました。ぜひCD化してほしいものです。

CHAT CHAT
「ナウシカ」に続いて、嶺川貴子のアルバム『CHAT CHAT』が「My Love」のカヴァーで再登場。こちらはオリジナルよりもテクノ度は抑えていますが、サイケデリックでなかなかいい解釈をしています。

Miss Touch
嶺川カヴァーが95年ですが、96年には幸宏プロデュースでデビューした赤羽小百合がミニアルバム『Miss Touch』で再度「My Love」。カヴァーというよりも幸宏リサイクルと言うべきでしょう。プロデューサーとコーラスとドラムが同じだけあって、スーザンのオリジナルに割りと忠実です。後にも先にもこのアルバムしか出していないので、彼女はモデルで幸宏のTV番組昔「AXEL」のアシスタントをやっていた事以外は知りません。なんかジャケがユーミンっぽいと思うのは僕だけでしょうか?

第3弾へと続く。
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