レゲエ歌謡対談~Part 2「フォークからホワイトレゲエ」では、70年代の日本のシーン、そして海外で勃興するレゲエのニューウェイヴへの影響について対談しましたが、日本のニューウェイヴ時代を見ていくために、先ずはYMOに着眼します。

YMOのテクノスカ

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【先生】じゃ、最初のジャパニーズ・ニューウェイヴ系レゲエまたはスカ(歌謡)と言えばなんでしょうね。割と早い方ですが、YMOの『増殖』(1980年)に収録されていた「Multiplies」は、テクノスカの金字塔です。

【山本】YMO絡みのレゲエ歌謡は割合たくさんあります。 例えば、高橋幸宏のアルバム『音楽殺人』(1980年)に収録の「スイミング・スクールの美人教師」(1980年)は疾走スカ・インスト、同じくYMOが演奏に参加している南佳孝のアルバム『MONTAGE』(1980年)にも軽快なスカ歌謡「カウボーイ・ブーツとハイヒール」と極甘ラヴァーズ「Midnight Love Call」があります。

糸井重里のアルバム『ペンギニズム』(1980年)に収録の「バイバイ・コロン」もYMOメンバーが演奏に関わっていたはず。

侮れないスーザン!

【先生】高橋幸宏の『音楽殺人』とペアで持っていたいのが幸宏プロデュースのスーザンの『Do You Believe In Mazik』(1980年)です。この二つは、良質のバブルガム的エッセンスをテクノで再解釈した傑作と呼べます。EXの梅林茂が作曲した「Dream Of You」は、ビートリッシュなテクノスカ。「Ah! Soka」もレゲエのリズムを巧みに取り込んでいある高橋=細野作品。「Glass Girl」は、ダブ歌謡の先駆け的作品として評価できます。「It's no time for you to cry」は、大村憲司=鈴木慶一は、裏ムーンライダーズ的ニューウェイヴ・スカで疾走。聴きなおしてみると、凄いアルバムです。 なお、2005年2月23日に、『コンプリート・スーザン』というタイトルで2枚組CDがリリースされます(ジャケ写からリンクしています)。

【山本】それから、高橋幸宏のファースト・ソロアルバム『SARAVAH!』(1978年)のリミックス盤である『SARAVAH! Remix』(1994年)では、シャンソン名曲「C'est si bon」をラヴァーズ仕立てでカヴァーしていますね。YMOファミリーは他にレゲエ歌謡はありますか?

はっぴいえんどに遡る

【先生】他人にはやるのに意外と見つからないのが細野晴臣ソロによるレゲエ歌謡。YMO以前にやっているかなと聴きなおしているのですが、カリプソを初めとしたトロピカル歌謡はあるんですが、もろレゲエってなかなか見つかりません。かなり遡りますが、はっぴいえんどの「空いろのくれよん」〔『風街ろまん』(1971年)〕は大瀧詠一の作曲ですが、レゲエっぽいですね。もしかすると、これが元祖和製レゲエポップス?

大滝詠一の「名月赤坂マンション」〔『NIAGARA CALENDAR』(1978年)〕はレゲエ演歌で、やはり偉大ですね。


【山本】なるほど、はっぴいえんどまで辿れるのですね。

エスノにレゲエは相性がいい

【先生】忘れてはいけないのが、Sandii & The Sansetz。細野晴臣プロデュースによるテクノとエスノの融合を図ったマイルストーン的アルバム、サンディーの『Eating Pleasure』(1980年)に収録された「Drip Dry Eyes」! ジャパニーズ・レゲエとして完成度の高さにうなる曲ですが、高橋幸宏が作曲し、後に自らのソロアルバム『Neuromantic』(1981年)でセルフ・カヴァーしていますね。

他にサンディーの顕著なレゲエものとしては、『Come Again』(1991年)に収録のスライ&ロビーとやった「U Don't Care」や『Dream Catcher』のリミックス盤『World Remix』(1994年)に収録のジャマイカでリミックスした「Everyday (ragga mix)」とか「Rindu (hard core ragga Malay version)」などが挙げられますね。サンディーはエスノポップとしてレゲエ、オキナワンなどの様々なワールドミュージックの要素を取り込んでいますから、サンディーを初めとした久保田真琴関連はまだあるでしょうね、レゲエ歌謡。

【山本】日本ニューウェイヴ・シーンにおけるレゲエは、1980年に大爆発した感がありますね。

【先生】1980年はTWO-TONEブームの余波もあって、かなり影響された日本人アーティストも多かったのでしょうね。一応、細野晴臣監修なので、YMO系としたいのが、E.S. ISLANDのアルバム『FUNNY INSPIRATION from SOLAR MUSIC』(1982年)に収録の「テクテク・マミー」ですね。ヴォーカルの高橋早苗は元ジュンとネネのネネですが、オキナワン+テクノ+スカという三位一体攻撃。再発アルバムのライナー書いているの山本さんじゃないですか(笑)?

ジャズ畑でのレゲエ

【山本】ああ、そういえば・・・(間30秒)書きました。色々と事実誤認もありましたが・・・。さて、気を取り直して。

ところで、ニューウェイヴではないのですが、坂本龍一がプロデュース、高橋幸宏がドラムを叩く酒井俊のアルバム『マイ・イマジネイション』(1979年)に収録されたレゲエものがなかなか面白いので紹介します。この人はジャズ・シンガーで、スタンダード曲「センチメンタル・ジャーニー」を歌ってるんですが、見事にレゲエを消化しきった唱法で特筆に価します。

数年前に同じくジャズ・シーン出身の笠井紀美子が採りあげたレゲエ版「マスカレード」〔『We Can Fall In Love』(1976年)に収録〕のそれと比べると、日本に於けるレゲエの進化、と言う観点から興味深いです(だからどちらが優れている、という話ではありません。念のため)。

【先生】渡辺香津美名義でリリースされているアルバム『KYLYN』(1979年)に収録の坂本作曲の「KYLYN」は、レゲエ・テクノフュージョンとして取り上げたいです。カクトウギ・セッション絡みでは、ソロの『サマー・ナーヴス』(1979年)も。

そして、アルバム『sweet revenge』(1994年)は、ヴォーカリストをフィーチャーしたポップサイドのアルバムですが、その中のJ-Me Smithが歌っている「Moving On」は、ラヴァーズ・ロックとしても聴けます。

【山本】とまあ、YMO絡みで色々と見てきましたが、他に押さえるべきミュージシャンは誰でしょう?

一風堂を忘れるな!

【先生】一風堂も忘れてはいけませんね。アルバム『NORMAL』(1980年)では、タイトルからして「チャイニーズ・レゲエ」とかやっていますしね。

【山本】最大ヒット曲「すみれ September Love」収録のベスト・アルバム『LUNATIC MENU』(1982年)にも「ミステリアス・ナイト」「電動人形」(ともに1980年発表)のレゲエ・チューン二曲が収められていましたっけ。

【先生】一風堂の「ミステリアス・ナイト」(1980年)は、ザ・プラネッツ(The Planets)の『Spot』(1979年)〔ジャケ写は、2-in-1CD『GoonHilly Down/Spot』〕に収録の「Lines」と一緒に聴くと楽しさが2倍になります。どっちがどっちか分からなくなるくらい。ザ・プラネッツは、アートスクール系モダンポップ・バンド(ロキシー・ミュージックとかの流れ)のデフ・スクール(Deaf School)のスティーヴ・リンゼイがやっていたバンドです。ちなみに、同じデフ・スクールのクライヴ・ランガーは、後にマッドネス(Madness)なども成功させる名プロデューサーになっていますね。最近でもXTCスカ・ヴァージョンと言いたくなるDogs Die In Hot Carsを手がけて健在振りを発揮しています。

【山本】この辺りは先生の守備範囲ですね。元ネタ/カヴァー曲探しも面白そう。

【先生】Culture Clubの「君は完璧さ」は、日本語カヴァーもありますね。

【山本】元・一風堂で後に歌謡曲作曲家として大成した見岳アキラ(見岳章)がシングルでカヴァーしてるアレですね(1982年)。原曲の歌詞をほぼ無視した訳詞がとても素晴らしいです。あ、もちろん曲それ自体の出来も大変よろしいですよ。「♪君はカンペキぃさぁ~」

【先生】さて、次回はさらに日本のニューウェイヴ・シーンへと目を向けていきましょう。YMOにも深い関係がある一人のキーマンの存在が明らかになります。

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【関連リンク】
YMO(Sony Music)(今回、紹介したYMO関連のリリース情報もあり)
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