There She Goes Again

昨年は戸田誠司さんの久々のソロ・アルバム『There She Goes』がリリースされたのですが、9月22日に発売の『There She Goes Again』はそれを映像化するという試み! やはり、戸田さんはこだわる人、ただのPV集ではありません!

amazon.co.jpにあるCDは、ジャケ写からリンクできます。(amazon.co.jpにない場合、海外のamazonや他の通販サイトへ)
There She Goes Again
01. Hello World:)
02. Default
03. Bookshelf
04. スローバラード
05. Blue Sofa
06. Look
07. 競艇だいすき (by 沢瀉)
08. Clock Works
09. So I'm in Love
10. There She Goes
11. TENKI (by TOMISIRO feat. セージ)
12. Stairs
13. 水色
14. Memory
15. Wiz
16. There She Goes - 波


――去年の『There She Goes』発売の際、戸田さんにインタヴューできて本当によかったと思っています。その後、見れると思っていなかったライヴを2度も見る事が出来ましたし。『There She Goes』の反響は如何でしたか?

すごく個人的なことですが、重い腰を上げてアルバムを作ってよかったと思ったことのひとつに、いろいろな人に出会えたことがあります。そして、このDVDが生まれたのもそれまで面識の無かった様々な分野のクリエイターにも出逢えたことからです。こういったことも僕にとっては大きな"反響"であり、すごく大切なことです。

――今回『There She Goes』からの曲+αで『There She Goes Again』という名でDVDとして発表するのは最初から予定の行動だったのでしょうか? 映像製作ではタナカカツキさん、伊藤ガビンさんとコラ ボレートされていますが、いつ、どのようなきっかけで今回のプロジェクトを始めたのですか?

彼ら二人はCD音源ができあがった直後からTSGプロジェクトに参加してもらっています。というより彼らがプロジェクトを作ったと言った方かもしれません。CDを発売して、WebでCDから派生したコンテンツ(リミックスやデモ音源)そして余興的なデジオ。もちろんプロモーションの意味合いもありますが、それ以上におもしろいからやった。そして今回のDVDへと続いたのはすべて自然な流れでとても楽しい。DVD制作のきっかけは、すごく簡単なことでした。「映像」が集まったからです。

――仕様がすごいですね。片面2層でサラウンドまでできる! ここまでの仕様にした理由は?

例えば音楽もののDVD、ただPVが何曲か収録されている、そういったものにあまり興味がなかったので仕様もなにもなかったです。最初はとにかく作ってみて納得がいったら世に出そうみたいなノリでした。サラウンドもやる前は懐疑的でしたが、実際作ってみたら本当におもしろい。マルチチャンネルの音楽がこんなにおもしろいとは。ましてやデスクトップでできるんですよ。で、調子にのって全16曲、ついでにクレジットまでサラウンドにしました。"やれることは全てやる" まぁいつ地震がくるかもしれないですから(笑)。

――他の戸田さんファンも同じ気持ちになると思いますが、いきなり「Hello World:)」でノックアウトです。これは、フェアチャイルド後の1995年のファースト・ソロアルバム『Hello World:)』のタイトル曲でもあるわけです が、今回、2005年ヴァージョンになっていますよね。『HelloWorld:)』自体が早すぎたテクノとデジタル映像の融合作品だった感もありますが、このアルバムからの4曲を追加されたのは、どういう理由からでしょう?

『Hello World:)』が廃盤になっていて手に入らない。ならばDVDのコンテンツとしてmp3で収録しようかと考えてました。でも当時の音源が手に入ったところで、いじりたくなりました。せっかく"今"だすのだから、"今"気持ちよく聴ける音にしたかった。リミックスではなくリプロダクトです。曲数は4曲にとどめた、というか、とにかく楽しくていくらでも、いつまでもやってられそうで、これでは2年経っても完成しない。それでは困る。少し遅れましたがCD発売から1年後までやれるとこまでやってやる。そんなわけで全16曲にまでなってしまいました。

――「沢瀉」名義での「競艇だいすき」は、80年代的な楽曲でかなり良い意味でのサプライズがありました「戸田競艇」もシュールです。

詳しくは、DVDに収録されたクレジットの寺田創一さんのおしゃべりを聴いてみてください。

――もう一つ、TOMISIRO feat. セージ名義で「TENKI」という曲をやってられますが、TOMISIROさんとは?

リアレンジ、サラウンドミックスを手伝ってくれた本澤尚之さんと、いつも詞を書いてもらっている掛川陽介さんのバンドです。彼らのすごく気持ちの良いトラックがあったので半ば勝手に歌をのせて、映像をつけましたー。

――最後に今後の予定があれば、教えてください。映像も駆使したライヴなどされるなんて事はないのでしょうか(希望的観測)?

音楽ライブといった形はどうするかわかりません。ただちゃんとサラウンド環境を作って試写会のようなモノはぜひやりたい。そしてタナカカツキさんも今年DVDを出したり、個展をするそうなので、彼とゆる~くパフォーマンスでもしていきたいと思っています。

Apple Store, Ginza + Sound & Recording Magazine workshop #12

戸田誠司+タナカカツキによるアーティスト・トーク+パフォーマンス
【日時】10月14日(金) 19:00~20:00
【場所】Apple Store, Ginza3F Theater
〒104-0061東京都中央区銀座3-5-12サヱグサビル本館
     03-5159-8200
【料金】無料
【出演】戸田誠司+タナカカツキ

ナウオンメディア(株)

第1回インタヴューへと続く・・・
このところ、長年、僕がリスペクトしてやまないアーティストの方にインタヴューする機会に恵まれています。勝手に日本のトニー・マンスフィールドと僕が呼んでいる屈指のメロディー・メーカー、戸田誠司さんです。5月15日、目黒駅近くの喫茶店にて・・・

Shi-Shonenとしてデビュー

――先ずは、古い話から入りますが、よろしいでしょうか? Shi-Shonenがプロ・ミュージシャンとしてのデビューですが、「極東通信」というアマチュアバンドが母体だと聞いたことがありますが、メンバーは?

それは、僕が大学時代にやっていた、今で言う宅録のプロジェクト名ですね。だから、メンバーは僕一人。シンセサイザーで作った曲をコンテストに送っていたと思います。

――Shi-Shonenとしてのコロンビア内のShan‐Shanからのデビュー・シングルは『嗚呼上々』(1983年)ですが、この時期は、曲タイトル、サウンドともに、前のバンド名のイメージをもつ、どこかノスタルジックでアジア大陸的なエキゾ・ポップですね。やはり、アジア的なものにこだわっていたのでしょうか?

そうですね。僕は、YMOというよりも、当時、教授の『千のナイフ』とかのサウンドが、とても好きでしたから、その辺からの影響はあったでしょうね。

Non-StandardのShi-Shonen

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――その後、12インチ『Shi-Shonen』(1983年)、よりネオアコなシングル『憧れのヒコーキ時代』をリリースした後、1985年に細野さんのノン・スタンダードから、デビュー・アルバム『Singing Circuit』(1985年)で再スタートを切るわけですが、ノン・スタンダード内のアーティストは繋がっていたんでしょうか?

ノン・スタンダードもENにしても、回りから見ているほど、アーティスト同士の繋がりは無いですしね(笑)。

――リスナーからすると、一つの共同体のようにとらえていますけどね。

友達は、あんまりいなかったですね(笑)。仲間意識はあるけど、ライヴァル意識もあると。

――60年代~70年代的ポップの構造を持ちながらも、テクノポップという、現在の音楽シーンで若い人たちがやっている事とも通じる内容ですが、何か具体的にShi-Shonenとして目指していたものはあったのでしょうか?

24歳ごろから35歳まで、ずっとスタジオにこもって曲を作っているんですよね。コンセプトを考える時間は、アルバムを作っている時間の100分の1ぐらいなんです。100分の99は、その時にやりたかった事をやっていたという事ですね。
――4曲入りミニアルバム『Do Do Do』(1985年)を経て、メンバーが福原まりさんと二人になってセカンド『2001年の恋人達』、やはり音楽性の違いが大きかったのでしょうか? ここまで、テクノポップ的なものとネオアコ的なものが交互にサイクルのようになっている気がします。

なるほどね。自分では気が付かなかったですけどね。僕の気分もあるだろうし、バンドとしては、バンドのカラーを考えてやった結果ですね。

――それが、リスナーとしては、ある意味、トニー・マンスフィールド的で、嬉しかったりもしたのですが。トニー・マンスフィールドは、お好きですか?

好きですよ。ニュー・ミュージック、「k」で終わるやつ(New Musik)は、大好きです。あれは、何故再評価されないんですかね。80年代テクノが、再ブームになったりしているわりに、New Musikは知られていないよね。あれは、聴いた方がいいですよ、若い人は。どうして、クラフトワークばっかり再評価されるんでしょうね。

Real Fishとしても活動

――Shi-Shonenと平行してやっていた水族館レーベルのバンド、リアル・フィッシュとして3枚のアルバム、『天国一の大きなバンド』(1984年)、『テナン』(1985年)、『4 - The World Was Young』(1987年)をリリースされていますが、リアル・フィッシュは誰の影響力が強かったのですか?

矢口(博康)が人間的にまとめて、僕が音楽的にまとめて、(福原)まりが曲を書いて、渡辺(等)君がちゃちゃを入れて、美尾(洋乃)さんがふらふらしてた・・・(笑)。

――シングルでも出た『ジャンクビート東京』(1987年)は、同じビクター系のサザンの桑田さんがゲスト・ヴォーカルですが、これだけ、かなりリアル・フィッシュ・サウンドとしては、異色のエレクトロ・ラップですね。

あれは、僕のわがままですよね。今でも、日本で一番のラッパーだと思うんですけど、いとうせいこう君の「東京ブロンクス」があまりに衝撃的で、リアル・フィッシュの『4』が出来てもう一枚シングルを出そう、もうリアル・フィッシュも最後かなという時期に作ったんです。

――桑田さんは、あの曲が気に入って、欲しいと言われたらしいですね。

「サザンにくれー」って・・・あげればよかったよね(笑)。

フェアチャイルドとしてプチ成功

――末期Shi-Shonenでは、既に現在もTVで活躍中のYOUさんが居ますが、あえてShi-Shonenというバンド名を捨てて、フェアチャイルドへと移行したのは何故ですか?

Shi-Shonenはもう活動を停止していたんです。活動を再開しようとしたら、YOUさんと出会って、コンセプト的に違うバンドになりそうだったので、変えたんですね。写真がパブリックに出た時は、まだ音を作ってなかった。

――YOUさんは、どのようなつながりでフェアチャイルドへ参加されたんでしょうか?(ジャケ写は、デビュー・シングル『おまかせピタゴラス』)

つながりは、なかったんです。YOUと会ったのは、ラジカル・ガジベリビンバ・システム(RGS)を見に行って、「あー凄い子だな」と思って、誘ったんです。

――6枚のアルバムを出したフェアチャイルドは、チャート的にはかなり成功しましたよね。(ジャケ写は、ベスト・アルバム『Anthology FAIRCHILD Best』)

プチ成功ですね(笑)。

――フェアチャイルドでは、戸田さんはプロデューサー的役割をしていたのでしょうか?

最初の立ち上げと、コンセプチャルな部分では、ある程度やったにしても、動き出してからは、サウンドプロデュースでしたね。

――川口(浩和)さんは、どうしてハードロック的なギターになっちゃうんでしょうか?

あれしか弾けないだけですよ(笑)。

――「テクノポップは1958~1964年生まれの男性のみ強烈に支持されている音楽だ。東京タワーが建てられた年から、東京オリンピックが開催された年までに生まれた子供達。10年前、ロンドンにはパンクが東京にはテクノが確かに存在した。」という名言を吐かれていますが、テクノへの入り口は何だったのでしょうか?

多分、シンセサイザーという楽器なんだと思う。その前のロック世代と言うのは、ディストーション(ひずんだ)ギターなんですが、テクノ世代は電子音が共通語なんですよね。インヴェーダー・ゲームの音とかゲーム音楽も含めてね。

プロデューサー仕事とか

――戸田さんは、多くのアイドルを含めたアーティストたちへの曲提供、編曲、プロデュースをされていますが、その中でも自分のベスト3と言えば?

好きなのは分からないけど、思い出すのは、(立花)ハジメさんとやった『Beauty & Happy』。それから、高見知佳の「怒涛の恋愛」・・・作詞が戸川純で、作曲が矢野顕子で、「なんだ、これは?」っとアッコちゃんは怒ったらしいですけど(笑・・・・)。

――戸田さんのアレンジって、トニー・マンスフィールドにようにカラーがはっきりして分かりやすいですよね(笑)。

ミュージシャンは、考えているようで、考えて無くって。例えば、「ZTTやってみようよ」とかのノリで、結構無責任ですからね。

――逆にそれは、やってみてどうなるか、実験するという事でもあるんですよね。

そう、そう。

ある程度、歌手が方向性を失ったところで、面白い事やってみようと仕事が多かったので、失敗してもいいという気持ちで出来るのが多かったのかなー。

あと、レコーディング中大変だったのが、松田聖子の「マリオネットの涙」( 久保田洋司が作曲)の編曲の仕事。大御所のエンジニアに「これは、聖子ちゃんには合わないよ」と言われて、「そうですか」と帰ろうとした事(笑)。結局、収まったんですけどね。

面白かったのは、教授とやった『夢工房』とか早瀬優香子の『ポリエステル』。

――あ、早瀬優香子は僕のベスト3でもありますね。それから、伊武雅刀の「何かちょうだい」なんかは、Shi-Shonen feat.伊武雅刀でプロモも作っていますよね。それから、モダンチョキチョキズの「天体観測」(ジャケ写は、アルバム『別冊モダチョキ臨時増刊号』)。

はいはい。あれは、モダチョキの長谷部信子さんが、僕のファンでいてくれて、一度僕と仕事をしたいという事で頼んでくれて、楽しかったですよ。

――あれ、戸田さんにプロデュースしてもらうために作った曲のように聴こえますが。

そう、らしいよ(笑)。

――長谷部さんって、いじらしいなと聴いていて思うんですけど(笑・・・)。やってくださーいって感じで。

あっ、Shi-Shonenだとか思って。

Hello World :)

――戸田さんの初ソロ・アルバム『Hello World :)』(1995年)は、テクノの逆襲とも言える愛聴したアルバムです。この時期、やはりテクノをもう一度やりたいという気持ちが沸いて来たのでしょうか?

もうちょっと頑張って作ればよかったかなと(笑)。あまり、先を見ていなかったですね、あの時。今になって思えば、『Singing Circuit』からの10年を埋める作業をしていたような。凄く内向的なアルバムですよ。

――CD-ROMとかも入れてしまうというのは、とても戸田さんならではという感じで。

それは、楽しかった。半分、力がそっちに向いていた部分もあるし。

Yapoos

――先日の池袋手刀でのヤプーズ・ライヴを見せていただきました。あんな人口密度の高いライヴは、初めてでした。往年のヤプーズの曲も当然、いいのですが、披露された新しい新曲もかなり期待しています。ヤプーズに戸田さんが参加された経緯とは?

中原(信雄)君と友達だから。僕は、ライヴ・ヤプーズという気持ちなんです。昔、ゲストでライヴに参加した流れで。どんな形でレコーディングに参加するかは決まってませんが。

There She Goes

――では、本題とも言える、今回、リリースされるニュー・ソロ・アルバム『There She Goes』について。フェアチャイルドや前回のソロの延長線上というより、Shi-Shonenがテクノからエレクトロニカになった・・・でも、それは当然の帰結と言える、全く不自然さがない作風ではないかと思います。如何でしょうか?

制作に入る前は、もっと素直にエレクトロニカ路線に行くのかと思ったんですが、やり出すと、いつものようにコンセプトは忘れてる。で、ずれる。もしからしたら外してしまう、もしからしたら一番今かもしれない。実はホームページで言っている、エレクトロニカ・ソフトロックのソフトロックは、終わった時に気がついた。作っている時は、分かんなかったんですね。(鈴木)慶一さんに言われた。

――コンセプトが無くなったから、戸田さんの本質的な部分が自然に出たのでしょうかね?

そうかもしれないですね。でも「本質的」と呼べるほどの音楽ルーツを僕が持っているかどうかは疑問ですけど、「戸田さんぽいなぁ」と言われたとき、「どこが?」と聞くと、「せつないんですよ」と答えられた。意外に本質はそんなもんかもしれないです。まぁ実際のところ、納得がいくアルバムができない限りは。発売するのを延期するかやめようとずっと考えていたので、ここまで来れたのは僕にとっては奇跡ですよ。

――意外性もあるんだけれでも、本質的に求めているものも備えている。例えば、出だしの「Clock Works」から、もう、完全にノックアウトです。鈴木さえ子さんがコーラスで参加した2曲目の「So I'm In Love」でさらに涙。RCサクセションの「スロー・バラード」のカヴァーは最初、意外な感じがしたんですが、聴いてみるとなるほど、ちゃんと繋がっていると感じました。この選曲は、どのような理由で?

僕は、「スロー・バラード」の詞がとても好きで、意味合いも今回のアルバムに共通するものだった。好きな曲は一度は自分のサウンドで作りたくなるもんです。

――今後のライヴなどの予定があれば教えてください。

軽い気持ちで作り出したんだけど、もしからしたら、僕というアーティストの代表作かなという気持ちになっちゃったんです。だから、もっと聴いて欲しいのがあって、そのためにはライヴをしなくてはと。でも、ライヴ苦手なんですよね。この前、さえちゃん(鈴木さえ子)とも話していて、さえちゃんもライヴ好きじゃないんで、どうして「ライヴやってやって」というのか不思議だねと言っていたんですよ。

――やりたがらないから、反って見たくなる。XTCのライヴは見たいとかの感じで。

なるほどね。

テープを聴いて文字起こしをしながら、再度思ったんですが、とてもフランクに話していただき、爆笑している場面が多かったです。凄く楽しい思い出残るインタヴューとなりました。それから、aten recordingsのKさんにも感謝!

There She Goes(戸田誠司さんの公式サイト)
aten recordings
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