ジューシィ・フルーツによるお茶の間の大ヒット曲『ジェニーはご機嫌ななめ』(34.6万枚)は、今まで越智静香(テレビ・ドラマに時々出てられますね)、神咲まゆみ、ロビンといったどちらかと言えばカルト系アイドル、Suzy Susieそして比較的最近ではHi-Posi(『ラジオスターの悲劇』がカップリング)がカヴァーした定番テクノ歌謡です。

シングルB面の『おでかけコンセプト』は、あの小泉今日子が88年のアルバム『ナツメロ』で『恋はベンチシート』と共にカヴァーしています。

ジューシィ・フルーツ20周年記念として、CD MAXI SINGLE『ジェニーはご機嫌ななめ』にには、以下の曲が収録されます。

01. ジェニーはご機嫌ななめ
オリジナルに割りと忠実な21世紀型テクノ歌謡。どこかSPOOZYS風。相変わらずの裏声で歌うイリア。

02. ビート・タイム
最近また流行っているヴォコーダー・ヴォイスが利いたクラフトワーク風アレンジ。

03. 恋はベンチシート
高速ドラムンベースに生まれ変わりました。オリジナルにあった沖山優司のエンディングの「べ・べ・べ・ベンチシート」のパートはカット。

04. ジェニーはご機嫌ななめ(オリジナル・カラオケ)

ジューシィ・フルーツは、イリアこと奥野敦子(ヴォーカル・ギター)、沖山優司(ベース)、柴矢俊彦(ギター)、高木俊夫(ドラムス)からなる近田春夫 & BEEFというバンドが母体として結成された四人組。近田春夫のプロデュースのもとに生まれた、近田ファミリーとも言えるバンドです。

イリアは、GIRLSという元祖ガール・ロック・バンド(「チェ・チェ・チェ・チェリーボーム」のRUNAWAYS辺りを意識?)に在籍。同じGIRLSにいたリタこと野元貴子は、同じく近田ファミリーのピンナップスで活動。ピンナップスのギタリスト、江蔵浩一さんによると「ピンナップスというバンド名は、ジューシィ・フルーツのバンド名候補の一つで、頂いちゃった。」との事らしい。ピンナップスもファースト・アルバムはハルヲフォンの高木英一、セカンドは近田春夫がプロデュース。
話をジューシィに戻します。この時期にテクノ歌謡という言葉が、広く使われていたかは不明だが、イモ欽トリオの『ハイスクール・ララバイ』より先んじて、『ジェニーはご機嫌ななめ』はメジャーシーンまで浸透した元祖テクノ歌謡と考えます。

既に歌謡曲にもテクノ的アレンジを取り入れた楽曲は存在していましたが、ミュージシャン的なアプローチとしてのテクノ歌謡(もしくは歌謡テクノ)のパイオニアです。ただ、ジューシィの場合、グループ・サウンズ、エレキ歌謡的な要素も強く、テクノ歌謡という言葉だけでは表現しきれていませんが。

ジューシィとしては、ベスト・アルバムも含めて計8枚のアルバムと(多分)13枚のシングル(左は『恋はベンチシート』ピクチャー・ディスク)をリリースしました。どれも、キッチュなジャケで楽しめます。どうしてもデビュー時のジューシィのイメージが強いですが、1982年にリリースされた『27分の恋』は、元Shi-Shonen、フェアチャイルドの戸田誠司との共同プロデュースによって製作された埋没した名盤です。

その後、イリアはソロとして2枚のアルバム(1枚は戸田誠司プロデュース)をリリース。お茶目な眼鏡のベーシスト、沖山優司は、ジューシィ在籍時の1981年に『東京キケン野郎』(元々はザ・ぼんちに提供した曲)という素晴らしいエレキ歌謡のシングルをリリース。数々のセッションにも登場し、1988年にはミニ・アルバム『HAKONIWA』をリリース。

また、MINT SOUNDからリリースされたオムニバス『Attack Of… Mushroom People』では、Kraftwerkの『Neon Lights』をカヴァー。一時は、元Urban Danceの成田忍とも活動していました。近田春夫率いるヒップホップ系Vibrastoneでも活躍。

ジューシィ・フルーツ、もう一度、ブラウン管に登場してほしいものです。
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