エルウェーウィン(in 朝日杯フューチュリティステークス)


エルウェーウィンという馬が1回だけ馬券で私に貢献してくれたのは1992年の朝日杯3歳ステークス(旧)である。記憶によればビワハヤヒデの断トツ1番人気だったのを、オッズ的妙味からエルウェーウィンの単勝5000円、ビワハヤヒデへの馬連3000円を押さえにした馬券で勝負したことを鮮明に覚えている。

第44回 朝日杯3歳ステークス(G1) 芝1600m結果

ハナ差ではあったがビワハヤヒデをネジふせてエルウェーウィンは勝った。今になればその後に希代のジミ名馬となったビワハヤヒデを敗ったことは、とてつもなくスゴいことであったのだが今の若い競馬ファンにはピンとこないかもしれないのは残念である。まあとりあえず馬券も的中してメデたしメデたしで終わるはずだが、ここから始まるエルウェーウィンの迷走、私との関りあいは数奇なものとなっていくのだった。

資料をもとに追ってみると・・

脚部不安でもあったのか、1年ぶりに出走したのが翌93年11月のトパーズSである。休み明けにもかかわらず2着に好走。その勢いで有馬記念に挑戦するも13着。そして、脈絡のない連敗記録が始まったのであった。94年の関門橋S8着、マイラーズC3着、ポートアイランドS7着、六甲S3着。95年の洛陽S9着、関門橋S3着、マイラーズC3着、谷川岳S3着、富士S7着、トパーズS3着、ポートアイランドS10着。96年の洛陽S4着、関門橋S2着、マイラーズC8着、中京記念9着、栗東S12着、オーストラリアT9着、テレビ愛知OP3着、金鯱賞4着、北九州記念10着。

ここまで22連敗。なにゆえそんなに走らせるのか、わけのわからんローテーションがなにを意味するのか、すでにどうでもよくなっていた。

ところが、そんなある日。なにげに出かけた夏の小倉競馬場で、エルウェーウィンの姿を見てしまったのである。ローカル福岡在住の私にとって初めて直に見るナマ現役G1馬だった。その小倉記念に出ていた他のメンバーは忘れてしまったが、ひときわ輝いてたエルウェーウィンのツヤやかな毛並みは鮮明に覚えている。が、7着。

さらに続いて、朝日CC6着、秋野S7着、カシオペアS5着、大原S6着。もうなんともいやはやな27連敗。ここまで屈辱的なG1馬もいないだろう。

しかし。そんな屈辱にも負けず次走のアルゼンチン共和国杯を勝った。なんと朝日杯から4年ぶりの勝利だ。もちろん馬券は買ってなかったし、ぜんぜん注目もしてなかったわけだが、懐しい旧友と再会したような気分になった。

まだエルウェーウィンは走り続ける。次は3年ぶりに有馬記念に出走するも13着。翌97年のブラッドストーンSを勝ち5勝目。それからしばらく姿を見せないが98年の洛陽Sで復帰して14着、日経新春杯10着、ダイヤモンドS12着、メトロポリタンS8着、エメラルドS7着、テレビ愛知杯OP12着、鳴尾記念10着・・ようやく引退。もうなんのために書き写してるかも定かでなくなった。妙に忘れられない馬である。

※このコラムは、メルマガ『週刊競馬情報』の“重賞ノスタルジア”という読者投稿コーナーに私が応募して掲載されたものを加筆修正したものです。今でも毎週金曜日に配信される『週刊競馬情報』の“重賞ノスタルジア”コラム・・あなたも購読してみませんか。

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