歌舞伎/歌舞伎関連情報

勧進帳を楽しもう。 台詞でつかむ。男三人の状況設定(2ページ目)

5月歌舞伎座は四代目尾上松緑の襲名披露興行が華やかにとり行われています。夜の演目の目玉ともいえるのが新・松緑の『勧進帳』弁慶。

執筆者:五十川 晶子

「旅の衣はすずかけの」と長唄が始まり、花道を、義経、そして常陸坊海尊、伊勢三郎、亀井六郎、駿河次郎の四天王、そして弁慶が登場します。

義経 いかに弁慶、道々も申すごとく、かく行く先々に関所あっては、所詮陸奥までは思いもよらず。名もなき者の手にかからんよりはと、覚悟はとくに極めたり。さりながら、各々の心もだし難く、弁慶が詞にしたがい、強力(ごうりき)とは姿を替えたり。面々計らう旨ありや。

もちろん平家を壇ノ浦で陥落させた義経なのですが、もうこの時点ではかなり憔悴しているように感じられるんですがいかがでしょう。頼朝から追われ、死ぬ覚悟だけはきめている。だけど四天王や弁慶が「もっと頑張れ」とはげますものだから、弁慶のアイデアにしたがって強力となっている、(四天王に対して)君らはなにか考えがあるか、というわけです。

四天王のうち三人が、あくまで関所を武力で破ろうと、太刀に手をやり立ちあがろうとするのを年配の常陸坊と、弁慶が押しとどめ、

弁慶 やあれ暫く、御待ち候へ。先程も申すごとく、これは由々しき御大事にて候。この関一つ踏み破って越したりとも、行く先々の新関に、かかる沙汰のある時は、事を求めて破るの道理。たやすくは陸奥へは参りがたし。それゆえにこそ、兜巾(ときん)、すずかけを退けられ、笈を御肩にまいらせ、君を強力に仕立て候。とにもかくにも、それがしに御任せあって、御いたわしくは候へども、御笠を深ぶかと召され、何様にもくたびれたる御体にて、我々より後に引き下がって、御通り候わば、なかなか人は思いもより申すまじ。はるか後より御出であろうずるにて候。

自分たちは山伏姿で、義経はその荷物持ちに等しい強力に化けて、山伏達の行く修験道のルートで、過去義経と縁の深い奥州藤原氏の本拠地・陸奥まで逃げ延びることを提案します。義経は気弱になってるし、四天王はひたすら策もないのに血気盛んです。でも富樫一行は山伏であれば無差別に殺してもいいというお墨付きを鎌倉から得ているふしがある。そのことを弁慶は直接は知らないが、山伏の姿というだけで無事関所が越えられると思うほど甘くないと考えている。だからよもやと思う逆転の発想で、義経を強力姿に扮装させています。
でもふと義経を見ると、哀れな強力姿があまりにもいたいたしい。こんな姿をさせて申し訳ない。と義経に気をつかいながらも励ましているようです。義経は全精力を込めて破った平家なのに、兄に認められず追われる身となっている。不条理な、そして自己否定にも近い思いに傷心の体。とても源平戦のときのような圧倒的な指導力を失っています。弁慶は、自身がこの集団を引っ張っていかなければならないという責務をひしひしと受けとめていると思われます。

義経 ともかくも弁慶よきに計らい候へ。各々違背すべからず。
四人 かしこまってござりまする。
弁慶 しからば、皆々御通り候へ。
四人 心得てござる。
(『勧進帳』歌舞伎オン・ステージ10 白水社より。現在、実際に演じられる台詞とは若干異なる場合も多い)

「皆、弁慶にしたがえよ」と、自分にも言い聞かせるように義経は血気にはやる伊勢、亀井、駿河の三人を諌めます。
最初に花道を登場してきた軽やかな若者・義経は、ここでリーダーの座を弁慶に明渡すことを象徴するかのように、花道で弁慶は義経と四天王の横を通りすぎ、先頭に立ち、富樫の待つ関所へと向かいます。

この後、富樫と弁慶の丁丁発止の問答が始まり、いよいよ”本編”の始まり始まり。官能的とも言われる長唄の名曲をバックに、一種サスペンスフルなドラマが始まるわけです。
非常に無駄のない、そして華やかに構成されたこの最初の場面に、弁慶と義経、そして富樫の運命が凝縮されています。                  





(三代豊国 天保11 1840年初演。弁慶は七代目市川団十郎(海老蔵))

参考文献・
『歌舞伎事典』平凡社
『歌舞伎オン・ステージ 勧進帳』白水社
『歌舞伎手帳』渡辺保 駸々堂 他
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