H.モーザーの歴史は18世紀にまで遡る

スイス北東部のシャフハウゼンといえば、有名なIWCを思い浮かべる人が多いだろう。もう一つ、この都市と縁の深い時計ブランドがある。今回紹介するH.モーザーである。2005年に現代のブランドとして同名の時計を発表したH.モーザーだが、その歴史を遡ると18世紀にまでたどり着く。ブランド名にあるヨハン・ハインリッヒ・モーザー(1805~1874年)の祖父は、1730年にシャフハウゼンに生まれた時計職人。父も時計職人で、ハインリッヒ自身も父のもとで時計製作を学び、のちに時計メーカーとしてロシア市場で大成功を収める。

また、シャフハウゼンの鉄道事業やライン川のダム建設と電力事業に乗り出して産業を活性化させるなど大活躍した。IWCの創業に際して、土地の提供や電力供給でバックアップしたのもハインリッヒ・モーザーだった。その後も同社の時計づくりは続くが、紆余曲折をへて、2002年に現代のブランドが再建される。2005年には新生H.モーザーの時計が発表され、翌2006年には、バーゼルで本格コレクションが披露された。
 

H.モーザーの魅力1
シンプルの背後にある高度な先進技術

H.モーザー「ヘンリー・ダブル・ヘアスプリング」
2007年の『ヘンリー・ダブル・ヘアスプリング』。手巻き、18KRGケース、228万9000円

H.モーザーの時計は、どれもシンプルなデザインだが、ムーブメントには革新的な技術が凝らされているのである。たとえば、2007年春のバーゼルで話題になった『ヘンリー・ダブル・ヘアスプリング』は、時計の規則正しいリズムを司るテンプのひげゼンマイを2本組み合わせて重心誤差を補正するという画期的な機構を備えている。

■シンプルな仕組みでトゥールビヨンと同様の効果
H.モーザー「ヘンリー・ダブル・ヘアスプリング」のムーブメント
『ヘンリー・ダブル・ヘアスプリング』のムーブメント。4日間パワーリザーブの大型香箱や、ムーブメント側に配したパワーリザーブ表示、取り外し可能な脱進・調速装置が特徴

2本の非磁性、自己補正型ひげゼンマイによるダブル・ヘアスプリングの優れた点は、シンプルな仕組みでトゥールビヨンと同様の効果が得られることにある。トゥールビヨンは、重力がテンプに影響して生じる誤差を補正する複雑機構だが、H.モーザーの技術者は、トゥールビヨンのような大がかりな機構を用いず、重心誤差の生じるまさにその核心部で補正を行い、高い精度を実現するというじつにシンプルでエレガントな方法を開発したのである。

次は『マユ』についてご紹介

H.モーザーの魅力2
機械式時計の将来を見据えた設計

H.モーザーは、複雑な機構で技術を誇示したり、新奇なデザインで人目を引きつけるような、いわば『演出型』の時計づくりとは無縁だ。主眼に置かれているのは、あくまで機械式時計にとって重要な、高精度の実現である。ムーブメントの設計に関しても、伝統技術の延長に留まることはなく、それを超える新システムの開発に力を注いでいるところが興味深い。先に挙げたダブル・ヘアスプリングは、言うまでもなくその一例である。
H.モーザー「マユ・パラジウム」
スモールセコンド付き中2針のごくシンプルな『マユ』。希少な貴金属パラジウムによるケース、手巻き、176万4000円


■精度の安定維持のための工夫 モジュール化による交換システム
機械式時計にとって、もう一つ重要なのが、長期にわたる精度の安定維持。H.モーザーには、そのための卓抜な工夫がある。時計の心臓部にあたる脱進・調速装置一式をモジュール化し、この部分だけを交換できるようにしたのである。ロックレバーがモジュールに組み込まれているため、香箱の主ゼンマイが完全に巻き上げられた状態でも取り外しができ、しかも時計が制御不能になることもない。今までなら考えられなかった方式だ。

全モデルに採用されているこのモジュール化による交換システムのおかげで、メンテナンスの際の取り扱いが非常に容易になった。H.モーザーの機械式時計は、将来長く使うことを想定し、メンテナンスの問題を最初から視野に入れた独特の設計になっているのである。

次は『モーザー・パーペチュアル1』についてです。
 

H.モーザーの魅力3
コンプリケ-ションもシンプル

H.モーザーのコレクションには、複雑時計『モーザー・パーペチュアル1』がある。2006年に発表された、じつに独創的なパーペチュアルカレンダー・モデルである。文字盤を見る限り、大型日付表示付きのシンプル・ウォッチにしか見えない。しかし、これぞH.モーザーの真骨頂といえるワザが心憎いまでに発揮されているのである。
H.モーザー「モーザー・パーペチュアル1」。
2006年のジュネーブ・ウォッチ・グランプリで複雑時計部門賞に輝いた『モーザー・パーペチュアル1』。18KRGケース、手巻き、428万4000円

■従来品とまったく異なる発想のパーペチュアルカレンダー
日付は、機械的なプログラムによって毎月自動的に修正され、また、センターに控えめに置かれた小さな矢印型の針で12か月の表示を行う。12時間目盛りを12か月表示に転用しているのである。アルファベットのような文字による月名表示の習慣がない日本人にとては、直感的でわかりやすい。4年周期の閏年表示は、ムーブメントの裏面に配し、サファイアケースバックから見える。つまり、このモデルは、すべてのカレンダー表示にプライオリティをつけず、文字盤上に所狭しと並べる従来のパーペチュアルカレンダーとはまったく発想が異なるのである。パーペチュアルカレンダーであろうとも、ユーザーにとっての実用性を考慮し、確認頻度の高い順に表示の配置を工夫しているのだ。

おもしろいのは、曜日表示をあえて省略した点。曜日は単純に7日周期の繰り返しなので、パーペチュアルカレンダーならではの不規則を規則化するという機構的な妙味が薄いからだろう。シンプルを極めるためには、あっさりを省略するこの英断も見逃せない。

『モーザー・パーペチュアル1』は2006年のジュネーブ・ウォッチ・グランプリで、複雑時計部門の最優秀賞に輝いた。審査員を務めた筆者がこのモデルに1票を投じたのも、「シンプルなコンプリ」というH.モーザーの新基軸を高く評価し、その革新的な発想と将来性に期待したからだった。すでにさまざまな機械式時計を愛用してきた「通」におすすめできるブランドだ。

【問い合わせ先】
東邦時計
TEL03-5807-8162

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