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日本人は「失われた30年」を脱却できるか【専門家が解説】

賃金や物価が上がり、「失われた30年」がようやく終焉に向かうという論調が見られます。これに対し、「少子化による人口減少や実質賃金の下落などさまざまな課題が山積するなかで、明るい未来を見通せない」といった批判的な声も聞かれます。実際のところ、日本は「失われた30年」から脱しつつあるのでしょうか。第一生命経済研究所の首席エコノミスト永濱利廣さんにうかがいました。

執筆者:All About 編集部

 
日本経済「失われた30年」は、終焉をむかえられるのか

日本経済「失われた30年」は、終焉をむかえられるのか

賃金や物価が上がり、「失われた30年」がようやく終焉に向かうという論調が見られます。これに対し、「少子化による人口減少や実質賃金の下落などさまざまな課題が山積するなかで、明るい未来を見通せない」といった批判的な声も聞かれます。実際のところ、日本は「失われた30年」から脱しつつあるのでしょうか。第一生命経済研究所の首席エコノミスト永濱利廣さんにうかがいました。

日本経済の復活は「個人消費」にかかっている

――バブル崩壊から続く長期の経済低迷が、賃上げ・物価高といった波に乗って脱却できるのではないか期待されています。現状、「失われた30年」から何らかの転換期を迎えているのでしょうか。それとも「30年」が40年、50年……と続く可能性が高いのでしょうか。

永濱さん:転換の兆しが出ていることは確かです。なぜ「失われた30年」になったかと言うと、企業の価格転嫁メカニズムが破壊されたからです。バブル崩壊後、政策対応の誤りや不良債権の拡大が相乗的に作用してデフレとなり、企業の価格転嫁メカニズムが破壊されてしまいました。値上げができない分、人件費の抑制に皺寄せが行き、デフレが長期間放置されてきたのです。

その後、アベノミクスによる金融緩和の効果が土台にあるなかで、(これは良くない理由ですが)ロシアによるウクライナ侵攻が影響し、世界的な40年ぶりのインフレの波が日本にも押し寄せました。そこで企業の価格転嫁メカニズムが復活しました。また、これもアベノミクスの効果により500万人の雇用が増え、人手不足が深刻になっている状況下で賃上げのメカニズムも復活しつつあります。

その上で、この流れが持続するかは、個人消費に火がつくかどうかにかかっています。

経済は「物価・賃金の好循環」によって良くなると言われますが、「消費の好循環」が抜けています。そして、そこには高いハードルがあります。日本人のなかにはまだ、デフレマインドが定着しているからです。過去20年間もデフレが続いていましたので、デフレマインドからなかなか抜け出せないのです。

これについては残念な研究結果がありまして、アメリカで2009年に公表された論文によると、各世代の価値観というのは、その世代が社会に出る時(18~25歳)の経済環境に生涯左右されるというもの。それが日本にも当てはまるとすると、30代後半から50代前半のまさに就職氷河期世代は、どれだけ給料が増えようが、財布のひもは緩まないということになります。そう考えると、失われた30年がさらに続く可能性もあると思います。

日本が復活するかどうかのポイントは、いかに消費が活性化するかなんですね。価格転嫁メカニズムが復活して、賃上げを促す政策も成果が見えはじめています。そこであともうひと押し、消費を促す政策が必要なのに、今の政府はむしろ消費を抑制する負担増をやろうとしているわけじゃないですか。私は、現時点での負担増は拙速だと思います。

凝り固まったデフレマインドを払拭するためには、消費した人が得をするような政策が必要です。例えば、韓国では興味深い政策をやっています。同国はキャッシュレス普及率が95%以上になっていますが、なぜこれほどキャッシュレス決済が普及しているかというと、韓国政府が同決済の所得控除政策を行ったからです。キャッシュレス決済で消費したら所得が控除されるという政策です。そうすると国民は(キャッシュレス決済で)お金を使うじゃないですか。

そのまま同じことを日本でやるべきとまでは言いませんが、「失われた30年」を脱却するためには、何らかの形でお金を使った人が得をする政策をとることが、今の日本に求められていると思います。

「人口減少=経済成長しない」は間違い!日本は再び成長できる

――日本人にはデフレマインドだけでなく、人口減少=経済成長しないという意識が強いように思います。こういったなかでも日本は再び成長することはできるでしょうか。

永濱さん:できますね。人口が減少しているのは日本だけではありません。例えば、ドイツは2010年代以降、難民の受け入れなどにより人口が増えているのですが、それ以前の2000年代はずっと人口が減っていました。それでも経済成長していました。なぜかと言うと、国の経済成長は人口だけで決まるのではなく、労働投入量と資本投入量と生産性で決まってくるからです。つまり、人口が減少して労働投入量が減っても、資本投入量と生産性が上がっていれば経済成長できるのです。

私は全国のさまざまな地域に講演に行って中小企業の経営者の方々と接する機会があるのですが、人口減少を過度に悲観して消極的な経営になっている企業が少なくない印象です。日本が人口減少していても、市場は世界に広がっているのですから、グローバルなビジネス展開を意識するだけでも展望は全く異なってくると思います。

日本が再び優位性を発揮するには、国内の供給力を強めて世界中に良いモノやサービスを提供する必要があります。それを蔑ろにしてきたために成長が停滞しているのです。日本は昨年1年間の名目GDP(※1)がドイツに抜かれたわけですが、ドイツと日本では経常収支の構造が根本的に違うことからもその重要性がわかります。というのも、昔はドイツも日本も国内で良いモノを作り、世界中にモノを売って貿易黒字で稼いでいました。ドイツはいまだに経常黒字の大部分を貿易黒字で稼いでいます。しかし、今の日本は(GDPに含まれない)所得収支によって経常収支の黒字を維持しているんですね。所得収支は、海外への投資に伴う儲けの収支です。対して日本の貿易収支は赤字です。

日本は、過去の政策対応のまずさによって、過度な円高とデフレが放置されたため、企業の海外流出を加速させてしまいました。このような背景から、国内生産比率の高いドイツは成長し、日本は停滞する結果になったのです。

なぜ、ドイツと日本に差ができたのかというと、やはりドイツはマイスター制度等(※2)もあり、手に職を持った人たちを積極的に養成しているので、いまだにモノづくりが強いのでしょう。日本もモノづくりに強いですが、その多くを海外で作っているので、国内にいる人には還元されないんですね。

(※1)国内で産み出された付加価値の合計(国内総生産=GDP)を市場価格で算出したもの
(※2)専門的な技能を持つ人材の育成を支援するドイツ発祥の制度

生産拠点の国内回帰・海外企業の誘致を広げるべき

――そうすると日本は、モノづくりが得意な人材を育てていく必要があるわけですね。

永濱さん:そうです。それを是正すべく、最近では半導体の工場が建設されるなど、生産拠点が国内回帰する機運が高まっています。

その機運が、日本株の上昇や賃上げにつながっています。なぜ賃上げになっているかといえば、例えば、TSMC(半導体の受託生産で世界最大手の台湾企業)の工場が熊本県に建設されましたよね。工場のある熊本県菊陽町周辺は、人材争奪戦で賃上げラッシュとなり、その効果は鹿児島県にまで波及しています。

ですから、生産拠点の国内回帰や海外企業の国内誘致は賃上げの要因になっていますね。

熊本県では、半導体関係の仕事の派遣社員で、時給3000円で寮・食事完備という案件もありました。時給3000円で週休2日で1日8時間働いたら月収50万円稼げるじゃないですか。他にも、今や高級リゾート地となった北海道ニセコ町にはインバウンド客がたくさん来ていますよね。周辺の飲食店でのアルバイトの時給は2000円ぐらいだともいわれています。

このような動きが全国に広がれば、日本経済も息を吹き返すのではないでしょうか。

教えてくれたのは……永濱利廣さん

第一生命経済研究所首席エコノミスト。早稲田大学理工学部工業経営学科卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年に第一生命保険入社、日本経済研究センターを経て、2016年より現職。専門は経済統計、マクロ経済分析。著書に『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書)等。

取材・文/秋山 志緒

外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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