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「その道のプロ」のルーツを探る ガイドの原点−origin-

vol.056

住まいを考えることは生き方、人生を考えること。
歴史の上に街はあり、自分たちの暮らしが将来の街を作っていく

不動産業界に長く関わり、住宅関連の書籍や雑誌などの編集やセミナー講師に携わる中川さん。街歩きを愛し、住みやすい街について情報発信を続けている中川さんの、ガイドの原点を探った。

「住みやすい街選び【首都圏】」ガイド 中川 寛子

文/宗像陽子 写真/須藤明子

手前には「徳川幕府より建立を許された柱が埋設され云々」の立札。後方にはタワーマンション。一気に400年の時を超える

手前には「徳川幕府より建立を許された柱が埋設され云々」の立札。後方にはタワーマンション。一気に400年の時を超える

取材当日は、月島のとある佃煮屋前での待ち合わせだった。その10分ほど前だったろうか、近くの神社できちんと居住まいを正して、手を合わせ、礼をしている女性がいた。それが中川さんだった。
きりりと意志の強そうな大きな目は、にこやかに笑うと細くなる。背筋を伸ばしスタスタと先に立って歩き、月島の街を案内してくれた。

「月島の街の魅力のひとつは、徳川時代の景色から、時代の最先端をいくタワーマンションまで同じ視界の中に入ってくることですね」

まさに400年を一瞬で旅するような錯覚にとらわれる。それは街の面白さを実感する瞬間でもある。しかし中川さんが月島を取材場所に指定したのは、それだけではない。

「初めてのフィールドワークのときに佃煮の店に入り、店の裏にある佃煮を作るお釜を見せてもらったんですよ。こちらのお店だったかもしれません」味見用に佃煮をいただき、にっこり

地図と辞書は、知らない事象への招待状

幼い中川さんは、人とのコミュニケーションがそれほど上手ではなかったが、感受性は大変豊かだった。小学校に入る前に「泣いた赤鬼」を読んで号泣して本を濡らし、怒られたという。やりたいことは徹底して集中し、まわりが目に入らない。ドラマを見ているときは「瞬きをしなさい!」とよく注意されるほどだったそう。
中川さんの実家には、テレビの下にいつでも置いてあるものがあった。それは地図と辞書。知らない土地や言葉が出てくるとすぐに調べるのが実家の習慣だったという。
地図と辞書は幼い中川さんにとって、小さな存在である自分を新しい世界に誘ってくれる招待状のようなものだったのかもしれない。

東京の地形の生い立ちについての名著「東京の自然史」貝塚爽平著(1988年)。大切にしている本のひとつ

さらに、中学、高校では社会科の先生に恵まれ、地理に関心を持つようになる。そして高校の地理の授業でフィールドワークの楽しさを知った。
「最初のフィールドワークの行き先が月島だったんです」と中川さん。
「当時住んでいたところは練馬区。同じ東京でも、地域によってこんなに雰囲気が違うということに驚きました」
小さい頃から地図に親しんでいたことと、リアルなフィールドワークで地理を体感したこと、それが中川さんの街歩きに興味を持つ原点となった。

住みやすい街を求めて

大学卒業後、住まいに関する書籍編集の仕事に就いた中川さんは、その後ずっと不動産業界に関わることとなる。
人は誰でも、「住みやすい街」を求める。けれども住みやすい街とは一体なんだろう。それは人によって異なるものだ。24時間ネオンが光り輝く街に居心地の良さを感じる人もいるだろうし、ツンとすましたおしゃれな街に憧れる人、隣の家の軒とくっつくような下町が落ち着く人もいるだろう。

「人間臭さの漂う街が落ち着く人もいれば、そうでない人も。街全体の雰囲気を知ることは不動産を選ぶときに重要ですね」

不動産を買うときは「駅から●●分」「●●平米」といった情報だけに振り回されがちだが、その情報だけでは人は満足のいく不動産を得ることはできない。

中川さんは、建物だけではなく地域の情報や地盤、その土地の歴史にまで踏み込んで情報を伝えることで、家を探す人にとって「一番住みやすい場所」の情報を伝え続けている。なぜ、それが必要だと思ったのだろうか。

阪神淡路大震災がきっかけとなり
地形・地盤の大切さを実感

高校時代にフィールドワークを経験したことで、中川さんは街歩きを純粋に楽しむようになった。それが楽しむだけではなく、不動産の価値として地理や歴史を意識するようになったきっかけは、阪神淡路大震災であった。
家は住む人を守り、幸せにする。阪神大震災のときにあっけなく住宅が倒壊し、生活を壊された人たちを見たことは、強烈なショックとして中川さんの心に刻まれた。
その経験から「安易に住まいを選ぶことなく、不動産のプラスもマイナスも知り、土地を選ぶことが必要だ」と感じるようになったという。

不動産業界の情報は、なかなかネガティブ情報は流れにくいもの。だが、広い意味で多角的な情報をもっとオープンにしていくことが必要なのではないか。その思いはその後、東日本大震災により、住む場所で安全に大きな差が出ることを目の当たりにして、確信に変わっていく。

「高層マンションの最上階と、下の階とでは、壁の厚さが違うんですよ。なかなかそんな情報は出ないけれど、もっと正直に出してもいいんじゃないでしょうか」

「水は低きに流れることを知っていれば、土地の高低差を知ることがどれほど大切かわかるはず」と中川さん。また低地であれば、地盤も軟弱になりやすい。「その土地はどんな地盤で、どんな歴史を持って、今ここにあるのか。自分はどう暮らしていきたいのか。大きな買い物なのだから、もう少しよく考えた上で決めて欲しいなと思います。そのための情報はこれからもどんどん発信していきますが、不動産を購入する人も情報をしっかり集めて欲しいですね」
こうして、仕事と趣味を兼ねたような中川さんの街歩きは、今日も続く。

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