Copyright(c) All About, Inc. All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます
vol.006
ビジネスパーソンにとっては、筋トレがメンタルをはじめとした自己強化の手段になりはじめている。多忙のビジネスパーソンにメソッドを伝えている森俊憲さん。サラリーマンから、ボディデザイナーという道をどのように切り拓いたのかを紐解く。
「ボディケア」ガイド 森 俊憲
文/三田村蕗子 写真/斉藤美春
京セラに勤めていた当時の名誉会長は稲盛和夫氏。その教えは森さんのビジネスマインドのなかに今も根付いている
そもそも森さんが通っていた小学校は、体育のモデル校だったという。そのため、運動をする時間が普通の小学校よりも多かった。そんな中、3年生の時に担任の先生から言われたのが「森は運動神経がすごくある」という一言。理由はわからずとも、この言葉が"自分は運動が得意なんだ"ということを自覚するきっかけとなり、自信にもつながった。
それからというもの、小学時代はソフトボール部でキャッチャー、中・高時代はバレーボール部に所属し、セッターとして活躍。
しかし、大学で一転。入部したのはなんと"俳句部"。さらに、夜はホテルのバーでバーテンダーのアルバイトをしては友人との飲み会を繰り返す日々。
「運動とは無縁の生活になったら、物足りなさを感じ、自分らしさを見失いかけました。ある時、健康で元気がよく、体力に自信があるのが本来の自分だと気付いて、目指したのがトライアスロン。スポーツクラブに入り、本格的に筋トレを行うようになると、体が変わるのはもちろん、充実感も芽生えてきました」
この頃からボディデザインを意識するようにもなっていった。
大学を卒業後、入社したのは京セラ株式会社。マーケティング部に配属され、朝7時前には寮を出て帰宅するのは終電。ジムに寄るどころか夕飯を食べる時間さえなかったが、コンスタントな筋トレだけはかかさなかった。
「マーケティング部の森といえば"元気そうで、いい体をしている奴"というイメージがあったので、それを崩してしまうと僕のエッジの部分がなくなってしまう気がしました。恐怖といってもいいかもしれない。だから、今持っているこの体という武器は、組織で働く自分のためにも維持しようと思ったんです」
限られた時間の中で筋トレを行った場所は、寮の階段の踊り場。ここで道具を使わず、できるだけ効率よく行える種目を考えて取り組んだ。これが、のちの森さんのフィットネスメソッドにつながっていく。
「僕の持論ですが、男性は自分よりもいい体をしている人に対して、言葉にはださなくても一目おいているところがあると思うんです。それが内面的な自信となり、上司や取引先の方にも、ものおじせずにコミュニケーションがとれました」
社内においての評価や良好な人間関係も、自身の体がもたらすエネルギッシュな雰囲気が影響していたはず、と森さんはいう。