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「その道のプロ」のルーツを探る ガイドの原点−origin-

vol.005

造り手と飲み手をつなげることが
生まれながらに持つミッションだと考えています

歩んできた時代そのものが、まるで彼女をお酒の世界へ引き込むために波を起こしているかのようだった。トータル飲料コンサルタントの友田晶子さんがお酒のプロとして活動する「原点」を紐といた。

「日本酒・焼酎」ガイド 友田 晶子

文/小林博子 写真/キッチンミノル

両親が経営するお店に並ぶキャンティワイン。友田さんのお酒人生の原点を象徴し、今はなき実家への郷愁をも併せ持つかけがえのない存在だ。

両親が経営するお店に並ぶキャンティワイン。友田さんのお酒人生の原点を象徴し、今はなき実家への郷愁をも併せ持つかけがえのない存在だ。

キラキラ輝いて見えた、キャンティワイン

ソムリエ、日本酒きき酒師、焼酎アドバイザー、日本料飲ビジネス研究会会長など数多くの肩書を持ち、お酒や周辺食材のプロとして活動する友田さん。彼女の今に結びつくきっかけは、生家にあった。

友田さんのご両親は、福井県でイタリアレストランを経営。その店は、東京に本店をおく2号店だった。

「1960年代、当時東京でも目新しい食べ物だったピザを福井で提供するなんて、両親はよく言えばチャレンジャー、悪く言えば変わり者だったんです。お店のインテリアとして並べられたキャンティワインや、カウンターに並ぶカラフルなリキュールが、キラキラ輝いて見えていたのを今でもはっきりと覚えています」

そんな両親のもとで育つうちに「いつかは食べること・飲むことを仕事にしたい」という気持ちの芽が、少しずつ膨らんでいく。

偶然か必然か、バブル期のワインブーム

しかし、友田さんが学生時代に希望した就職先は食品や外食関係ではなく、マスコミ系。念願だった東京のレコード会社に入社することができたものの、母の死をきっかけにわずか1年で退職し、福井に帰ることになった。その時に再就職先となったのが、親戚が東京で経営する食品輸入会社だった。時は1985年。バブルがすぐそこまでやってきていた。

「就職して2年後、バブルの訪れとともに、ワインブームの兆しが見えてきました。勤務先の食品輸入会社でもワインの取り扱いを始めるべく、まずは私がワインスクールに通うことに。インポーターやメーカーなどその道のプロに囲まれて学ぶ中、お酒を仕事にしたいという気持ちがむくむくと膨らみました」

ワインスクールでは、卒業時に講師としてのオファーを受けた。

「いち早くワインの道に進んだことに、先見の明があったかと聞かれると、どうでしょう。今になって思えば“時代の波に乗った”という言葉がいちばんしっくりきます。その後、私が歩んだ道のりは常にその“波”がターニングポイントでした。流れを見極め、一瞬訪れるチャンスをなんとかつかんできたこと。それが私のすべてではないかと思うんです」

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