タイ政治のこれまで
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| 空港が閉鎖!?緊急事態を迎えるタイのこれまでの歴史をたどってみましょう(※写真はイメージです) |
新バンコク国際空港とドンムアン空港が反政府市民団体に占拠され、周辺地域に一時的な非常事態宣言が発令!政権混迷の続くタイで、いったい何が起こっているのでしょうか? タイ株はチャンス?それとも・・・。そこで今回は、「タイ不動産」のあらゆる面を解説した、日本初の本格的なマニュアル本、
タイ不動産投資完全マニュアルをはじめタイに関する多くの著書を出し、
タイ株「アジア株」海外投資ロングスティを運営されている、阿部俊之さんに、これまでのタイの政治について教えていただきました<以下インタビューから>
そもそもタイの政治の形態は、国王を上に立てる立憲君主制になっています。1932年に当時の国王であったラマ7世から権力を奪取することでタイ国初の憲法制定に至ります。この無血クーデターによって議院内閣制が誕生し、下院(選挙による選出)および上院(任命制)による民主政治がスタートします。
『その1 民主主義議会制度のスタート』
1939年にはシャムと言う国名をタイと変更しています。第二次世界大戦中、タイ政府は日本軍と協力関係に。戦後になると、タイは軍部により支配されて、それ以降は20回以上のクーデターを経験しています。
『その2 軍部の支配そしてクーデターの歴史の始まり』
民主主義体制は幾度ものクーデターで、短期間に終わった歴史を持つのです。1946年にはプーミポン・アドゥンラヤデート(ラマ9世)が即位し、タイ王国で最も長く王位に就いています。
過去幾度となくクーデターが繰り返されて来ましたが特徴的な事件としては、
1947年11月 クーデター発生 陸軍ピブーン、権力を掌握する。
1948年4月 ピブーン政権の誕生 (ピブーン首相就任)ピブーン体制が続く中で何度かクーデター未遂事件が発生
1957年9月 サリット氏のクーデター成功
1958年10月 クーデターで憲法廃止、ピブーン国外亡命により独裁を確定的に
1963年12月 タノン政権、誕生(サリットの病死後)
1971年11月 タノン元帥を党首とした陸海空の軍、革命グループがクーデター
1973年10月 民主化を求める学生・民衆と軍との衝突事件「10月14日事件」が起きる。
1976年 学生による王室不敬で 「血の水曜日事件」起こる。軍事政権の復活
1977年 クリアンサク政権の誕生へ1976年憲法廃止
1979年の民主選挙後は、軍部から貴族経済エリートへの権力の移行により長期間安定する。
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