
お風呂って、いつ頃から使われていたのかというと、7世紀の壬申の乱の頃と言われています。それは、かまくらのような土窯の中で松枝を焚き、その上に塩水でぬらしたゴザを敷いた一種のサウナで、「戦傷を負った者を癒す」目的があったようです。同じような「蒸し湯」体験ができるのは、一遍上人ゆかりの
別府鉄輪温泉「鉄輪むし湯」(写真)。鎌倉時代の薬草サウナを踏襲しています。穴倉のようなむし湯で汗を出し、かけ湯で汗を流します。古いTシャツと短パンを持参してくださいね。
その後、8世紀には宮中で、お湯を桶から取って体を流す「施浴」が行われ始めました。12世紀には東大寺で、蒸気浴と掛け湯(大釜の湯をすくって体に掛ける)により「清め」を行う史実が残されています。中世には、皇族や社寺からお湯を使う風習が一般化してきたようです。
そして、16世紀には「楽しみとしての施浴」に変わり、京都・
西本願寺飛雲閣には、太閤秀吉が庭園を見ながら入浴をしたと言われている施浴屋形(黄鶴台)が今でも残されています。この他、妙心寺(明智風呂)や大徳寺(いずれも京都)に風呂屋形や蒸し風呂が残っています。
風呂や浴槽が、庶民にも一般化してきたのは江戸時代から。一畳くらいの大きさの小屋に浴槽を入れた戸棚風呂や、軒先の五右衛門風呂が出現してきました。江戸時代には銭湯もできて、浮世絵などに描かれているのはご存知だと思います。この頃は、江戸湯舟(小舟に乗せた貸切銭湯)や荷ひ風呂(町を担いで歩く出前銭湯)という変わり風呂も出現し、「風呂」がもっとも多様化した時代といえるでしょう。
銭湯も混浴から「男女別」になったのは明治時代から。四国松山の
道後温泉本館は、明治27年にできた現存するもっとも古い銭湯(重要文化財)です。道後温泉に行ったらぜひ入ってみるのはいかがでしょう。
さて、現代のお風呂事情はどうでしょうか。全家庭にお風呂がある現在、旅館のお風呂に求められるのは「非日常性」。昭和50年代頃までは、広い大浴場に非日常性が求められ、小さな家族風呂などは敬遠され、広ーい大浴場が好まれていました。その後、今度は露天風呂。「露天風呂はありますか」というお客様の問い合わせが増えてきたのも昭和60年代からでしょうか。
そして現在は「貸切露天風呂や客室露天風呂」でしょう。ふたりきりの非日常性はもとより、実は、お体の不自由な方や手術後の方々も安心して露天風呂に入れると言うことで、いまブレイク中です。平成12年、
鬼怒川プラザホテルでは、前述の国宝飛雲閣をモデルにした貸切露天風呂が十室オープンしました。それぞれ6畳の脱衣場兼湯上り処と4畳半の檜の露天風呂(濡れ縁付き)で構成されている本格派。室内を暗くし、裸のままデッキチェアで川風にあたりながらビールを飲むのはいかが!(宿泊予約と同時に貸切風呂の予約もお忘れなく)。