1頭の犬との出会いが人生を変える。愛犬への感謝と、純粋なる犬達の素晴らしさを多くの人達と共有したくド…
犬関連情報
更新日:2005年03月02日
3年ぶりに、不定期シリーズ「古典や民話に見る犬のお話」を再開いたしました。日本の昔話からひろった、犬にまつわるおもしろ話をご紹介していこうというものです。お楽しみください。

| 第 一 幕 |
鳥取県のはずれに、国分寺という古いお寺がありました。 いつものように和尚さんが雨戸を開けると、庭にはいつもの犬が行儀よくすわって、和尚さんが起き出してくるのを待っていました。 「おお、今朝も来たのか。どこの犬だか知らんが、毎朝ご苦労なことじゃて」 和尚さんが、そう言いながら手洗いにおりていくと、犬はさかんに尻尾をふってついてきます。 「飼い主はおらんのか? それとも、おまえはここへ遊びに来るのが好きなのか?」 犬は、いつものように、和尚さんについて鐘つき堂まで行き、時を告げる鐘の大音声に身ぶるいをしました。 じつは、和尚さんは犬があまり好きではありませんでした。お寺で飼ったこともありません。ですが、毎朝やって来るこの犬だけは、ほかの犬たちとは違って、なぜかいとおしく思えたのです。和尚さんはいつの間にか、犬が好きになっていきました。 犬が好きになると、和尚さんは毎日が少しずつ楽しくなってきたことに気づきました。食事どきには、犬の分をお皿に取り分けて庫裏の外に置いてやったり、時間のあるときには、庭先で芸を仕込んだり、散歩に連れていったりするようになりました。 「しかしまあ、こげな人なつっこい犬を捨ておく人がいるとは思えんし…。本物の飼い主は、きっと懸命に探しておることじゃろう」 そう思った和尚さんは、近所の家々や檀家の人たちに聞いてみましたが、だれも心あたりはないと言います。それならと、和尚さんは犬をお寺で飼ってやることにしました。和尚さんは、じつは内心、そうしたかったのです。 ところで、和尚さんの国分寺からそれほど離れてないところに、もうひとつ、法華寺というお寺がありました。ふたつのお寺は宗派が違ったのですが、和尚さんどうしは不思議と気が合い、しょっちゅう行き来がありました。そこで、国分寺の和尚さんは、法華寺に出かけるときには、かならず犬を連れていくようになりました。犬は、ひもにつながなくても、尻尾をふりながらトコトコと和尚さんについていきます。 そんな行き来が何度かあった後----。いつも国分寺の和尚さんについてやって来る小さなお供を見ているうち、法華寺の和尚さんも、その犬が好きになってしまいました。 ある日のことです。 「いやいや、こいつはかわいいやつじゃの。きょうはわしがご馳走してやるけ、国分寺のまんまとわしのと、どちらがうまいか、わしに教えてくれんかのう」 法華寺の和尚さんは、ご馳走を用意し、犬が食べおえるのを待って、 「どうじゃ、今夜はこちらに泊まっていかんかや?」 と、引き留めました。 「そりゃあええ。この寺でもおまえをかわいがってくれるそうじゃ。きょうはこちらに泊まるとええ」 国分寺の和尚さんは、犬の頭をぽんぽんとたたき、気持ちよく帰っていきました。 それからというもの、犬は国分寺に泊まったり、法華寺に泊まったり、ふたつのお寺を行ったり来たりしながら暮らすようになりました。国分寺の和尚さんが手紙を書けば、犬はそれをくわえて法華寺に駆けていき、今度はその返事を持って帰ってきました。 犬にとっては、ふたつのお寺が家であり、ふたりの和尚さんが飼い主になったのです。きのう国分寺の和尚さんのお供をして檀家まわりをしたかと思えば、きょうは法華寺の和尚さんと一緒に法事に出かけたりしました。近所の人びとも、檀家の人たちも、そんな様子を見てほほえましく思ったそうです。 しかし、そんなほほえましい光景も、長くは続きませんでした。 |
(執筆者:坂本 光里)