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静かなる北国街道の宿場町、海野宿【長野】

江戸時代、信州・追分から直江津を結ぶ北国街道の宿場町として賑わった海野宿(うんのじゅく)。時代が平成に変わっても今なお江戸時代の宿場町の面影が残ります。静かな海野宿をふらっと散策してみましょう。

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海野宿の地図
今回の行き先は【長野】
静かなる北国街道の宿場町、海野宿
江戸時代、江戸を中心に諸国へつながる道として、東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道の五街道が整備されました。五街道以外にもたくさんの街道が設けられ、多くの道は現代に至っても街と街を結ぶ動脈として活躍しています。

街道筋にあった宿場町は、明治以降の時代の変遷にあわせて姿を変えてしまいましたが、様々な理由が絡み合って現代まで残る宿場町もいくつかあります。

名所・旧跡めぐりガイドでは、今まで馬籠宿、妻籠宿大内宿などを紹介してきましたが、今回は北国街道の宿場町、海野宿(うんのじゅく)をご紹介します。

小さな宿場町ではありますが、落ち着いて町並みを散策するにはぴったりの場所ですよ。

奇跡的に残った宿場町、海野宿

海野宿(1)
昔ながらの町並みが残る海野宿。追分から数えて北国街道3番目の宿場町です(2002年7月撮影)
海野宿Yahoo! 地図情報)は、江戸時代に整備された北国街道の宿場町。長野県の東に位置する東御(とうみ)市という所にあります。東御市は、平成の大合併により北御牧(きたみまき)村と東部(とうぶ)町が合併してできた市で、海野宿は旧 東部町に位置しています。

海野宿(2)
時代を感じさせる「北国街道 海野宿」の文字。こういった看板を見つけるのも街歩きの楽しみです。
北国街道とは、五街道を補う街道の一つで、中山道の追分(軽井沢の西隣あたり)から日本海側の直江津までを結ぶ街道。現代では長野新幹線と信越線、または国道18号線、上信越自動車道が結ぶルートになります。

主に信州の名刹、善光寺への参拝や北陸方面の諸大名の行き来、さらには佐渡で取れた金を運ぶルートとして使われていました。

海野宿は、追分から数えて3番目の宿場町にあたり、長野を代表する川の一つ、千曲川のそばにあります。江戸時代は北国街道を往来する人々で大いに賑わいましたが、明治以降は宿場町としての役割が不要になったので、蚕(かいこ)を育てる養蚕業を生業とするようになりました。

往々にして宿場町の雰囲気は、鉄道や道路の整備等により失われるのですが、海野宿の場合は、鉄道(国鉄信越線、現在のしなの鉄道)や国道(国道18号線)が近くに開通したものの奇跡的に残った数少ない例と言えるでしょう。

静かな時間が流れる海野宿

海野宿(3)
海野宿を歩く。アスファルト舗装ではありますが、電柱などの人工物はなく、昔ながらの雰囲気を味わえます(2002年7月撮影)
海野宿の景観は、江戸時代の宿場町の雰囲気がそのまま現在に残っているとても貴重なもの。1987年(昭和62年)には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

端から端まで全長650メートルほどの道沿いに旅籠や本陣、脇本陣などの建物があります。道路こそアスファルトで舗装されてはいますが、電柱などの人工物はありません。

往復しても1.3キロメートルの距離ですから、町並みを見ながらゆっくり歩いて江戸時代の宿場町の雰囲気を味わいましょう。

海野宿(4)
道に沿って用水路が流れているのも海野宿の特徴。街の雰囲気をひきたてます(2002年7月撮影)
また街道に沿って流れる用水路があるのも海野宿の特徴。街の雰囲気を引き立てる大きな魅力となっています。

街の中にある海野宿資料館は、江戸時代の旅籠の建物をそのまま使っており、海野宿の歴史を紐解く資料が数多く展示されています。海野宿を訪れた際は、ぜひ立ち寄ってみると良いでしょう。

更新日:2008年06月26日

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