文章:越智 三起子(All About「フランス語」旧ガイド)
この季節に「
ヒロシマ」という言葉を耳にすると、なぜかしら素通りしたくなるような息苦しさを感じさせられるのが私たちの世代。生々しい戦争の記憶もなく現代を生きる私たちにとって、被爆地「広島」は、まるでフィルターを通して遠い世界のできごとを見ているかのように、カタカナの「ヒロシマ」、あるいはローマ字の「Hiroshima」へとそのイメージを変えていっているように感じられます。
今回お届けするのは、ポッドキャスト
Chocolatとの共通テーマとしての「ヒロシマ」。All Aboutフランス語では、「ヒロシマ」と「フランス語」が醸し出す奇妙なコントラスト美を堪能できる二本の映画を、作品中の台詞を通してひも解いてみたいと思います。
『H Story』:「ヒロシマ」の憂鬱にあらがう現代
「今、なぜヒロシマ?」
この問いは、『
Hiroshima mon amour(邦題:二十四時間の情事)』のリメイクとして撮影開始された映画『
H story』の中でも頻繁に繰り返される設問です。
フランスでもその才能を高く評価されている
諏訪敦彦(すわ のぶひろ)監督が、自身の故郷でもある広島をテーマに掲げた本作品において俳優たちに要求したのは、約50年前の
Duras(デュラス)によるテクストをそのまま再現することでした。
主演をつとめるのは、『
37°2 le matin(邦題:ベティ・ブルー)』で一躍時の人となった
Béatrice Dalle(ベアトリス・ダル)。彼女を中心として、撮影現場に集められたキャストやスタッフが、リメイクにあたって感じることを余儀なくさせられた違和感や苦悩を、カメラは撮影中止に至るまでリアルに画面に映し出しています。
君はヒロシマを知らない
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| 『Hiroshima mon amour』 |
それでは、まずは、時計の針を50年ほど前に戻して、1959年に公開された
Alain Resnais(アラン レネ)監督の『
Hiroshima mon amour』の台詞からはじめてみましょう。
映画撮影のために広島を訪れたフランス人女性の
ELLE(エル/彼女)と、日本人男性
LUI(リュイ/彼)。互いに過去を引きずりながらも、刹那主義的に愛しあう二人のやりとりのうちに、浮かび上がる被爆地「ヒロシマ」。作品中、最も印象的かつ刃物のように見ている者の心を突き刺すのは、おそらくこのフレーズでしょう。
LUI:
Tu n'as rien vu à Hiroshima. Rien.(君は広島で何も見なかった。何も。)
ELLE:
J'ai tout vu.(私は、すべてを見たわ。)
名前のない ELLEは、この台詞に続けて、自分が広島で眼にしたものを並べ立てます。それは、
hôpital(オピタル/病院)であり、
musée(ミュゼ/美術館)であり、
le fer brûlé(ル フェール ブリュレ/焼けこげた鉄)であったり。
それらは、同時に画面を通じて映画を見ているものたちに届けらる映像でもあります。加えて、被爆の痕跡の悲惨さを目の当たりにさせられながらも、画面を通じてLUIが繰り返すのは、身体的に体験を共有しない限り、痛みの理解は不可能という冷酷な事実をつきつけるかのようなこのフレーズ。
Tu n'as rien vu à Hiroshima. Rien.(君は広島で何も見なかった。何も。)
この台詞が、「ヒロシマ」を知らない私たちの耳にも、ガラスの破片のように突き刺さることは言う間でもありません。
次ページでは、
映画『H Story』で鍵となる台詞をおおくりします。