住まいは地球の雛型だと思う
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| オシャレなインテリアも時代遅れになればレッツ・ゴミ? どんどん「新しい」流行を追い求めて、私たちは本当に豊かな暮らしをしているんでしょうか? ちょっと疑問じゃありませんか? |
すごく大げさな言い方をしてしまえば、
『住まい』は『地球』の雛型だと思う。
この
『我が家』は『日本』の縮図だと思う。
借金はいっぱいあるのに、新しいモノ好きで、物欲を抑えきれず、たくさん買って秩序なくモノにあふれては、たくさんゴミを出しつつ、限られたスペースにいつも文句を言っている。
「狭い、汚い!」(ねっ、似てるでしょ?)
みんな余所の『ゴミ屋敷』『ゴミマンション』をテレビで見て「ギャッ!」なんて言っているけど、実際住んでいる
その部屋の現実なんて、他人から見たら、ゴミ屋敷と大差ないかも?
そしてそんな『準・ゴミ屋敷』みたいな家々が
寄り集まった私たちの街やら国全体やらを、余所の国の人が見たらあまりの無秩序さに「ギャッ!ゴミ・シティ」……とか言われていたりして。
海はゴミで埋め立て、森の木はじゃんじゃん伐採してハゲ森増産して、毒薬爆薬撒き散らし。余所の星の人からもひそかに「ギャッ!
ゴミ惑星」なんて言われていたりして……。
めぐるトレンド、『衣食住』
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| 最新のファッション、ブランド…。それを手に入れる幸せもあるけど、むしろ「今」って……。 |
私たちの生活の根幹
『衣・食・住』。
時代のトレンドはこの順番になぜか忠実にグルグルめぐり続けています。
近いところで80年代はDCブランド全盛の『衣』ブーム。90年代はグルメ・グルメの『食』ブーム。2000年を越えた辺りから「リフォーム」(洋服じゃなくて家)や「再開発」「都心回帰」などなど、
『住』ブームが、今まさに
継続中であります。
またこれだけ昨今不景気だリストラだと暗い世相が取りざたされている割に、
全国の「持ち家比率」自体はここ30年ばかりの間
ほぼ横ばい状態で大きな上下は見えない(※1)反面、国内の
「居住水準」はジワジワと
上昇を続けている(※2)。『住』にまつわる環境は、長い目で見れば少しずつ良くなってきているわけです。進化している。しかし、実際に私たち個人が、「今の住まい」に対して抱く満足度はまず「100点」ではない……。
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| グルメが流行った時代もあった。 |
『衣』『食』と大きく『住』が異なる点は、その「住んでいる」という状況が数年単位で「継続」していく点にあります。ブランドの服を着た! 美味しいものを食べた! というような
「瞬間」のヨロコビが「家」にもないわけではない。
確かに
家を買った瞬間は「やった!」と思えるのですが、残ったローンの重圧や経年劣化という現実を見据えた日々の憂鬱(プラス狭い、汚い)が、容易にそんな「瞬間の喜び」など打ち消していってしまう。
私たちの中には、どうも「住まいに手をかけながら、時間の経つのを楽しむ」といったメンタリティが薄すぎるきらいがあるように感じています。「古くなるのは悪いこと」「ぼろくなるのは、価値がなくなるということ」。
若さ礼賛の価値観はアイドル業界にとどまらない様子。でもこの言質はあまりにも敷衍しやすく、いわく「今年の流行り以外は着ていて恥ずかしいファッション」「一見みずみずしくてキレイなもの以外は売れない野菜・くだもの」「売れなきゃ断裁の新刊本」……。
例え数千万円かけても
「25年経てばほぼ価値ゼロ(※3)な住まい」も全く同じです。
消費のペースが速いのは必ずしも「悪」ではないのでしょうが、時代がもう然程ハイペースな「イケイケドンドン」ではないことを考えてみても、もうこのような価値基準は「トレンド」を外れすぎているような気がしてなりません。
私たちの内心が希求している
「今」の『住』はもっと息の長い、深い、「根っこ」の張った住まいなのではないか? それを求め始めた、流れの
過渡期の上にあるような? 今だ手探りでありながら
これまでにない「雛型」を探しているような?