秋田県横手市。眠りから覚め、存在が明らかになったのが、増田地区の「内蔵」(うちぐら)。代々続く商家の邸宅内に建てられた豪奢な蔵は、家族と関係者以外に知られることがなかったのです。現在、増田で確認されている内蔵は約40棟。わずかながら公開された内蔵を訪ね、かつての繁栄に思いをはせる歴史散歩を。そして、十文字中華そばなどご当地麺を食べ歩けば、東北の小さな町に秘められたポテンシャルを感じることでしょう。横手には、冬のかまくら、焼きそば以外にも、知られざる名所と名物があるのです。
こんな立派な蔵が家の中にあるなんて!(漆蔵資料館)
<INDEX>
P1 陽の目を見た、増田の内蔵(うちぐら)
P2 増田・十文字麺紀行
P3 山奥の温泉とマンガの殿堂
P4 増田・十文字フォトギャラリー
黒漆喰の扉と広大な空間が語る
増田の暮らしと歴史
中・七日町通りに掛けられた看板
秋田県南部に位置する横手市。平成17年(2005年)に旧横手市、旧平鹿郡増田町、十文字町、平鹿町などが合併し、県内では秋田市に次ぐ都市になっています。
中でも、増田は、桜名所の真人(まと)公園や、秋田に拠点をもつ北都銀行の前身、羽後銀行の創業地として知られる土地。
増田中心部の中・七日町(なか・なのかまち)通りを歩いてみると確かに切妻屋根の風情ある木造民家が多いのですが、人通りはまばら。失礼を承知で言えば、シャッター通りに近い。でも、商店の軒先にぶら下がるのは「蔵のある町 くらしっくロード」と描かれた看板。
「いったいどこに蔵があるの?」と疑問に思っていると、取材に同行してくださったよこて市商工会の佐藤益子さんが「ここですよ」とにっこり。なんと蔵は通りに面した家の中に建てられていました。だから「内蔵(うちぐら)」。この界隈は、狭い間口で、奥行きのある町屋造りが多いのが特色。そのため、家に上がってから、初めて蔵の存在に気づき、その規模に圧倒されるのです。
ここで言う「蔵」とは、酒造りなどの生産現場というよりは、おもに個人宅の住居スペースの中に建てられた蔵のこと。
横手盆地を流れる成瀬川、皆瀬川が合流し、さらに羽州街道と増田街道が交差する増田。江戸時代後半には交通の要衝となり、物資の集積地として栄えたため、商人地主が多く集まりました。財を成した人々は、明治期から大正期にかけて、競って蔵を建てました。ただ、蔵で有名な喜多方(福島)や川越(埼玉)などと違うのは、別棟ではなく、外から見えないように建てたこと。蔵は外から覆われ、家の中にすっぽりおさまっています。
理由は、冬の豪雪から蔵を守るため、富を外にひけらかさない東北人独特の奥ゆかしさ、儲かりすぎていると思われて役人に目を付けられるのを避けるため、などさまざまな説があります。いずれにしても、内蔵は倉庫や生活空間として使われていたため、他人の目に触れないまま時が過ぎていきました。
日の丸醸造の内蔵。2階には太い梁が渡されていて、惜しげもなく上質な木材を使っていることがわかる
そんな内蔵が一躍注目を浴びたのはここ数年のこと。平成18年(2006年)、一部の蔵を公開する第1回 増田「蔵の日」開催や写真集作成などにより、40棟あまりが現存していることが明らかに。所有者宅で話を聞くと「蔵があることを隠すつもりはなかったのですが、当たり前すぎてあえて話題にもしなかった」という答えがほとんど。倉庫という本来の役割を果たしていた一方で、冠婚葬祭の座敷、さらには出産の場として使うこともあったといいます。まさに、内蔵はその家の究極のプライベートの場なのです。
内蔵は、現在も生活空間として居住している人が大半のため、ほとんど見ることができません。年に1度の「蔵の日」には、一部の内蔵が公開されます。
(2010年は10月3日に開催)
今回の取材では、一般公開している内蔵を紹介するほか、通常は非公開の蔵を所有者のご好意で見せていただきました。当時の繁栄が垣間見えることでしょう。いずれも国の登録有形文化財で、趣向を凝らした作品ともいえる蔵です。
見事な一本梁に、豪壮な意匠
明治期の繁栄を伝える内蔵めぐり
玄関を入ると正面に内蔵が。内部が資料館、左側は販売コーナー、右側が食事処となっている
■漆蔵資料館(国登録有形文化財)
大正10年(1921)築、もとは商人地主・小泉家のもので、現在、観光客が気軽に常時見学できる唯一の内蔵。百町歩(約100ヘクタール)を超える田畑を所有し、大正時代には130人もの小作人を抱えていたといいます。増田銀行(現・北都銀行)初代頭取もこの家の出身。現在は、稲庭うどん製造の老舗、佐藤養助商店の所有となっており、蔵は資料館として一般公開されています。
1階欄間と天井部分。自然の模様を生かしきっています
立派な玄関を入ると、廊下に囲まれた2階建ての内蔵が。黒漆喰の見事な4重合わせの扉。現在も寸分違わず閉まるそう。1階の畳が敷かれた部分は茶室として使用されていたとか。欄間には東北では手に入りにくい黒柿の木を使用(右画像)。マーブル状の黒い部分は柿渋で、建材としてはかなり高価なもの。当時の繁栄ぶりがうかがえます。
また、基礎部分には、山形県境の院内鉱山から切り出された石を敷き詰めた頑丈な作り。床下には湿気対策が取られています。平成20年(2008)に発生した岩手・宮城内陸地震では震度5を記録したものの、建物はびくともしなかったそう。
蔵の外側を装飾する「さや」は菱形
蔵では佐藤家の歴史や資料、コレクションを展示。作家・谷崎潤一郎からの現金書留による注文書なども。蔵の外側は廊下になっていて、当時のままのタイル浴室やトイレにも注目。食事処では稲庭うどんが味わえるほか、建物奥にある喫茶店も穀物蔵を改造したもの。レトロな建物で食事やコーヒーを楽しめます。
※うどんについてはP2で紹介します。
■日の丸醸造(国登録有形文化財)
文庫蔵の扉は5段の蛇腹。田植え道具をランプシェードにしている
元禄2年(1689)創業、「まんさくの花」の銘柄で知られる日本酒の老舗。内蔵である文庫蔵は明治41年(1908)築。
「子供の時分は悪戯すると、ここに入れられてましてね」と懐かしそうに話すのは、社長の佐藤譲治さん。蔵は50年近くも閉じられたままでしたが、3~4年ほど前から、酒蔵見学や購入に訪れる人に公開を始めています。
文庫蔵の1階はモダンな意匠が印象的。床を修理し、畳を新調しただけというから、ほとんど当時のままの蔵の様子が見られます。蔵では不定期に朗読会やライブなども開催
日の丸醸造の佐藤社長。「最近は海外から蔵を見に来る人も増えました」
内蔵は趣が異なる2階建て。1階の見どころは一尺(約30センチ)間隔に並んだ青森ヒバの通し柱。ストライプ状に見えるのが、モダンな雰囲気を感じさせる。補強ではなく、贅を尽くした遊び心なのでしょう。欄間の亀甲模様が美しい。2階はケヤキの素材感を生かした、無垢な構造で、1階とは対照的な蔵。東北らしい重厚なたたずまいに、見学に訪れた外国人は「ワンダフル!」と驚嘆の声を上げるそう。漆の学名は“japan”。漆塗りの建築は、まさに日本が生み出した美なのです。
まんさくの花、秋田県限定純米大吟醸2,500円、純米吟醸1,600円、梅まんさく(梅酒)1,390円。左端のよーぐるしゅ525円は、珍しいヨーグルトのお酒!
地元商工会が中心になって始めた、くらしっくロード事業。40棟も内蔵があると知って驚いたのは、地元の人々でした。「この取り組みで、内蔵が増田の歴史にとって大切なものだという意識が、所有者や地元の人にも芽生えてきたのです」(佐藤社長)。内蔵は、物を収納するだけでなく、大切な心のよりどころという役割を果たしているのかもしれません。
お土産は、もちろん自慢の日本酒を。現在、増田唯一の酒蔵として、県内屈指の良水(井戸水)を仕込水に、丁寧にお酒を造っています。搾りたてをタンク貯蔵ではなく、一本一本ビン貯蔵することで入念に熟成させていて、ふくよかで気品ある味わいが評判。
見学は原則平日、要予約。
■マタロクカメラ店(国登録有形文化財)
店舗2階に広がる蔵座敷。左上、杉板の4枚重ねは建築当時流行した意匠。「ここで娘の結納もしたのですよ」とは、所有者の佐藤又六さん
外見は、街の写真屋さんそのもの。玄関をくぐろうとすると「もうここから蔵なんですよ」と、所有者の佐藤又六さん。かつては商人地主で、資産家として知られていました。ちなみに、真人公園の桜600本を寄付したのは、ここの10代目。当主は代々又六を襲名し、現在12代目。当代はカメラ店を営んでいます。
邸宅脇を流れる用水路
建物は明治元年(1868)、防火のため、自宅を蔵として建てたもの。脇には用水路がさらさらと流れています。
玄関から見上げると、確かに蔵の面影が。「店の前に車を停めたかったので、1階の店舗入口は改装しましたが、上は当時のままですよ」と又六さん。中に入ると、文庫蔵、味噌蔵(実際に奥様が自宅用にみそ造りをしているそう)など、直線上に蔵が連なっていて、玄関から裏門まで、なんとその距離100メートル!間口4間(約7メートル24センチ)からは想像つかない奥行きです。また、江戸時代の大福帳なども残されており、商家だったことがわかります。
普段はお目にかかれない、内蔵の2階も見せていただきました。ふすま絵に床の間。蔵座敷として大切にされてきた空間であることがわかります。2階部分の外側には、防火を願う火伏せの鏝絵(こてえ=漆喰を塗り重ねて描く)が描かれていて、装飾的にも凝っています。
12代佐藤又六さん。350年ものあいだ、又六家はここで暮らしてきた
実際に、蔵に住むってどういう感覚なのでしょうか?「夏涼しく冬温かい、そして静か。これにつきます」(佐藤又六さん)。確かに、取材当日(2010年5月)は暑かったのですが室内は涼しく、道路に面している割に、騒音はほとんど聞こえてきません。
すすめられて居間の炉端に座ってみると、奥まで見渡せる!当主はここに座り、使用人が働く様子を見ていたと聞いて、その構造に納得。
1階の居間。いろりも現役。写真奥の階段をのぼると蔵座敷がある
「1階の仏間部分は、最近まで私が撮影スタジオとして使ってたんですよ。でも、先代との約束で、もとに戻したんです」。居間では、明治時代の時計がカチコチと時を刻んでいました。
個人宅のため、見学は増田町観光協会へ問い合わせを。
【蔵見学のマナー】
一部の企業所有を除き、基本的には個人所有です。蔵を公開することで、乾燥や傷みの原因になっているのも事実。見せていただいている、という気持ちを忘れずに訪問したいものです。
【問い合わせ】
内蔵見学や観光情報の情報はここで入手
増田町観光協会
増田観光物産センター「蔵の駅」
TEL0182-45-5311
中・七日町通りにある増田町観光協会の観光案内所。特産品ショップも併設。旧勇駒(いさみごま)酒造の建物を使用。奥に酒蔵として使われていた内蔵があり、国の登録有形文化財となっています。
<第5回 増田 「蔵の日」>
2010年は10月3日(日)開催。詳細は直接問い合わせを。
→次は、増田・十文字麺紀行。
横手市は焼きそばだけにあらず!ランチは「麺喰い」に決まり!