運動と健康

私たちの心は、体のあとに付いてくる

運動が心に強く影響を与えていることは皆さん経験的に感じているかもしれません。認知症やうつ病、また腸内環境など、運動は多くの機能に関連していることが様々な研究から明らかになってきています。また、心の問題に対して体からアプローチするということも効果が認められ、大変注目されています。今回は、運動と心に焦点を当て、参考図書を紹介しながらフィジカルだけでない運動の一面を解説します。

中村 尚人

執筆者:中村 尚人

理学療法士 / 運動療法ガイド

心は、進化の過程で体から作られた

走る少女

心の問題に対して体からアプローチするということの効果が認められ、大変注目されています

運動と心の関係を明らかにするには、「身体心理学」の考え方を用いると理解しやすいでしょう。身体心理学とは早稲田大学名誉教授の春木豊先生の提唱した概念で、体から心をとらえる心理学です。詳細は割愛しますが、「心は体を通して世界を解釈している」という考え方を根本的な前提としています。

私たちは現在、心と体は違うものであると暗黙の了解で理解していると思います。ですから、心の問題に対してはカウンセリングの様な理論的解釈や共感などの受容的サポートなどが主流です。これはフロイトから始まる西洋的概念を根底に持つ精神分析的な考え方です。

しかし、生物学的な視点で心を考えてみますと、クラゲやミジンコ、さらにはアメーバにはいわゆる心の働きを司る中枢神経、脳がありません。体はありますが、心は存在しないのです。原始的多細胞生物である海綿などは神経すらありません。

つまり、生物の進化の過程を見てみると体がまずできてそれから心ができたと言えるのです。これは、心が心自身を表すときの言語表現にも見て取れます。

「胸が痛い」
「ちょっと最近私たち距離を感じるね」
「突き刺さる言葉だね」
「冷たい態度だね」
「彼女は敷居が高いね」

これらは全て物理的な刺激です。心は体が感じているものを比喩として用いているのです。心(脳)は物事(外界)を体(感覚器)を通して把握していると言えるのです。この視点に立つと、心の問題は体の問題でもあるのです。そして、体の問題は心の問題にもなるのです。
 

心のバランスを保つ鍵「セロトニン」

心に関係する脳内物質で代表的なものが3つあります。ドーパミンはポジティブな状態を作り、ノルアドレナリンはネガティブな状態を、そして中庸な平穏な感覚を作るのがセロトニンです。東邦大学医学部名誉教授の有田秀穂先生はこれらを心の三原色といい、セロトニンが心のバランスを保つ鍵になっていることを科学的に証明し、セロトニンの重要性を提唱されています。

心の平静を作るのがセロトニンですが、このセロトニンはリズミカルな運動で分泌が促されることが分かっています。ウォーキングや呼吸法でもいいのです。ヒトの特徴である歩くことに適応した機構だと思います。

運動不足はこのセロトニンの分泌を低下させます。うつ傾向の原因の一つかもしれません。また、セロトニンの前駆物質はメラトニンで、朝日などの光に関係があると言われています。暗いところで引きこもるのはこの点でもよくないのです。

日を浴びて外でウォーキングというのは脳内のホルモンバランスを整えて、健康的な心を作ることにもなるのです。
 

脳の働きを活性化させる「BDNF」

脳の神経の繋がりを「シナプス結合」といいます。私たちが学習して記憶力を高めたり、運動技能を向上させたりするのはこの結合によるものです。そして、この結合を促すのがBDNF(脳由来神経栄養因子)という物質です。この物質は強度の比較的高い運動(最大心拍数の70~80%)を行うと特に分泌が促されます。

ある学校では数学の前に体育を設定し、心拍計で心拍数を測定して運動強度を管理したところ、学区で一番の成績を収める学校になったということです。文武両道とはよく言いますが、運動が脳にいい理由はシナプス結合の促進だったのです。

運動をすると頭が冴えたという経験をしたことがある人は多いと思います。実際に脳は活性化して冴えているのです。
逆にボーッとしてしまう場合は、心に影がかかったように脳の回転も落ちているのかもしれません。

「ボーッとする」、「頭が冴える」などややもすると心の問題と捉えられなくもないですが、単純に運動不足の可能性もありますね。
 

三つ子の魂百まで

ことわざでよく聞く言葉ですが、私はこれは特に運動に当てはまる原理だと思っています。体を壊した方が患者として病院やクリニックに来るわけですが、その方たちに運動療法を指導して感じるのは、運動センスが鈍いという印象です。模倣がうまくできない、言っていることは分かっても体で表すと正確にできない…など。

そして、この運動センスは子ども達を観察していても感じるのです。運動のできる子とできない子がいます。駆けっこの早い子と遅い子。もちろん遺伝的に恵まれた子もいるでしょう、しかし運動学習は経験で育つものです。経験のない学習はないのです。おそらく運動経験の量がそのセンスをある程度決めていると思っています。

研究でも、幼少期の運動経験の有無は中学生になっても影響が残っているという研究もあります。子どもには出来るだけ運動の経験を与えられるように、親が環境を作る必要があると思っています。

言語機能は脳の成熟度を表しますが、言語機能が出来上がる前に子ども達は走り回り、飛び跳ねます。この時に、親が言葉ではないボディランゲッジを高めてあげ、思いっきり体を動かすことを奨励すれば将来的な障害をも予防できると思います。
 
川遊びの図

川遊びなど、体から何かを感じ取るという遊びは、思った以上に私たちに影響を与えているかもしれません

最近は自然が生活から遠い存在になり、凸凹な地面や明暗は少なく、木登りや魚取りなど擦り傷を作って遊ぶことが特別なイベントになってしまい、日常から減っている印象を受けます。

親御さんも体遊びが減って、ゲームや知育など脳の機能ばかりに走り、肝心な体への意識が低いように思います。

体あっての脳ですし、心です。精神力も、集中力も理論や知育だけでは育ちません。思いきり体を動かすという、子どもとして当たり前なことを思う存分できる環境を、私たち大人が作ることが責務であり急務だと思います。
 
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