将棋/将棋関連コラム

将棋史最大のあの謎が解けたかも

将棋史には最大の謎がある。西洋のチェスや中国のチャンシーなどにはない、相手から取った駒を自分の駒として使える「持ち駒ルール」が生まれたことだ。「持ち駒ルール」は、世界でただ一つ、日本の将棋のみが持つ特殊なルールなのである。なぜ、日本だけに?その謎に迫る目から鱗の一冊がある。

有田 英樹

執筆者:有田 英樹

将棋ガイド

古代インドのボード競技「チャトランガ」に源流を持つと言われる将棋。もちろん、西洋のチェスや中国のチャンシーも同様、いわば、いとこのような雰囲気だ。しかし、日本の将棋のみが持つ特殊ルールがある。相手から取った駒を自分の駒として使える「持ち駒ルール」である。発祥の地・インドだけでなく、世界のどの国にも生まれなかった「持ち駒ルール」。

升田幸三/ガイド画

升田幸三/ガイド画

これ、小さな違いではない。実は、この独自ルールによって占領下の日本は将棋を失いかけたことがあるほどなのだ。ぜひ、その経緯については、過去記事「連合国総司令部(GHQ)を詰んだ男~升田幸三~」をご一読いただきたい。かように「持ち駒ルール」は、他国から見れば不可思議とも言えるルールなのである。

 


将棋史最大の謎「持ち駒ルール」

チェス

チェス

このルールによって、将棋の複雑さは飛躍的に伸びた。取った駒を何度も使い合うのだから、使用する駒数が減ることがない。しかも、どのマスにでも打ち込めるのである、複雑にならざるを得ない。ある計算によると、将棋一局の指し手の選択肢は10の220乗とも言われている。ちなみにチェスは10の120乗だそうだ。誤解なきよう念のために書くが、選択肢の数と競技の優劣にはなんら関係がないのは当然だ。どちらも完成された美しさを持つ競技である。私が言いたいのは、この選択肢の差が生じた理由は「持ち駒ルール」によるところが大きいということだ。そして、このルールが、終盤の大逆転劇を多様にしているのも事実なのである。

持ち駒を置く駒台

持ち駒を置く駒台

私たち愛棋家は、持ち駒ルールをごく普通のこととして対局している。別にとりたてて不思議に思うこともないだろう。だが、なぜ、日本の将棋だけに、このルールが生まれたのか。そう問われれば、首をかしげざるを得ない。この地球上でただ一つ、日本だけが考案したオリジナルルール。これは日本の、いや世界の将棋史最大の謎なのである。さあ、ここで、一冊の本を紹介しよう。

 


『日本史の謎は「地形」で解ける』

いやはや、視点を変えると言うことがどれほど大切なのか。目から鱗の本だった。紹介する本は『日本史の謎は「地形」で解ける』である。著者は竹村公太郎氏。氏の専門は歴史ではない。たとえば、推理作家など他分野の専門家が、歴史の謎に迫っていく書籍はあるし、興味深いものが多い。だが、この竹村氏、「歴史」からは、一見、ちと遠いのである。

学生時代、こんな会話をしたことがないだろうか?
「歴史と地理、どっちが好き?」
ガイドの周囲では、ごくポピュラーなやりとりだった。
「私は歴史。性格が出てて楽しいじゃん」
「俺は地理だね。世界中を旅してみたいしね」
かように、多くの答えがどちらか一方なのである。
「あなたはネコ派、イヌ派?」みたいな感があるのだろう。

地理派の歴史分析

さて、竹村氏。実は彼、生粋の地理派なのである。なにせ、国土交通省の河川管理局長として辣腕をふるっていた人物なのだ。専門は土木工学。恐れ多くも工学博士なのである。ねっ、経歴から、歴史の香りがしないでしょ。

地理系の工学博士が語る歴史。こりゃあ、おもしろそうだ。ガイドのきっかけはそれであった。

「ちょっと待った。たしかに、竹村さんの本は面白そうだ。けれど、将棋史最大の謎となんの関係があるの?地理と歴史より、地理と将棋の方がはるかに遠いんじゃないの」

そんな声が聞こえてきそうである。もっともである。だが、ご安心いただきたい。意外であり、望外でもあったが、なんと、この本とガイドとの出会いに、将棋の神様が微笑んでくれたのである。ガイドしよう。

「文明文化編」に将棋が!

この『日本史の謎は「地形」で解ける』はシリーズ化され、その一つに『文明・文化篇』がある。私に言わせれば、文化とくれば、当然「将棋」である。

 みなさん、この本の第13章の見出しに震えていただきたい。ジャジャーン。

第13章 日本の将棋はなぜ『持駒』を使えるようになったか(地形が生んだ不思議なゲーム)

チャンシー

チャンシー

来た!将棋の神様が降臨してくださったのである。もちろん、ガイドは震えた。この感動をオールアバウト記事にしなければバチがあたる。竹村氏への感謝と将棋ガイドとしての使命感がこの記事を書く原動力となったのは言うまでもない、と言いつつこうして書いているのは矛盾するが、ああ、興奮のあまり混乱しているな。気を取り直そう。とにかく感動したのである。同じアジア、隣国の中国に生まれなかった持ち駒ルールが、なぜ、日本に生まれたのか。みなさんも、ぜひぜひ、この本をお読みいただきたい。

ミステリー好きも思わず唸る「持ち駒ルール」の謎解き

ガイドはミステリーが好きである。まとめ記事「将棋ガイドもまいりました/思わず唸る推理小説9選」を書いたことがあるほどだが、この本はまさしくミステリージャンルの本である。まるで、竹村氏が、コロンボのようにくらいつき、ホームズのように分析し、明智のように迫る。そんな本である。

高湿度・高低差の日本

高湿度・高低差の日本

ここで、謎解きの全てを紹介するのは鼻白むことであろう。でも、少しだけ触れさせていただきたい。竹村氏も「持ち駒ルール」が生まれた歴史に大いなる興味を抱いた。そして、その歴史の背景には、日本の湿度の高さがあるとみた。また、激しい高低差を持つ地形にも関係していると考えた。

 


「へっ?高湿度や高低差と持ち駒ルールに何の関係があるの?」

もっともな疑問である。ずばり言おう。関係大ありなのである。ああ、謎解きを披露したい。だが、ガイドは自制する。ああ、でも、やっぱり、したい。せめて一つだけヒントを。高湿度や高低差のために、他国では当たり前だった馬車が発達しなかったのである。

「へっ?馬車と持ち駒ルールに何の関係があるの。わかった、馬車の『馬』は角の成り駒の『馬』で、『車』は飛車の『車』に関係しているんじゃないの」

ブーッ。まったく違います。そんな語呂合わせみたいな次元の話ではない。すでに述べたように、唸らずにはいられない理路整然たる推理が展開されているのである。ああ、無粋を承知で、もう一つヒントを書かせていただこう。馬車がなければ、どんな旅も歩かねばならぬ。歩かねばならぬなら、かさばる荷物は御法度である。おっと、ここまでにしよう。さて、地形から将棋史最大の謎が解き明かされていく興奮と感動。さあ、あなたも、本屋へお急ぎを。

(了)

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追記

「敬称に関して」

文中における個人名の敬称について、ガイドは下記のように考えています。
(1)プロ棋士の方の活動は公的であると考え、敬称を略させていただきます。ただし、ガイドが棋士としての行為外の活動だと考えた場合には敬称をつけさせていただきます。
(2)アマ棋士の方には敬称をつけさせていただきます。
(3)その他の方々も職業的公人であると考えた場合は敬称を略させていただきます。

「文中の記述に関して」
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