雑貨/ハンドクラフト・工芸

木漆工芸家・目と手の工房 松崎修さんの器

益子といえば陶芸のイメージがありますが、実は漆器を作っている方がいます。木漆工芸家、松崎修さんの工房を訪ねました。漆器といっても決して近寄りがたいものではなく、普段使いにもできそうな、大らかで気取りのない器です。

江澤 香織

執筆者:江澤 香織

雑貨ガイド

中目黒の器の店「SML」にて展示されていた松崎さんの器

中目黒の器の店「SML」にて展示されていた松崎さんの器(撮影SML)

 
漆器にはどうも高貴な雰囲気が漂い、身分不相応な気もして遠巻きに見てしまう。けれどもやはり日本人のDNAに刻み込まれているのか、素通りもできないというもどかしさがあるように思います。海外では漆器=JAPAN。材料である木材を何年も乾燥させた後、くり抜く、曲げる、組み立てる、などしてかたちを作り、下地を施しては何度も塗り、研ぎ、を繰り返す(その後、絵や模様を描くこともある)。長い時間と手間をかけ、数々の工程を経て、コツコツ丁寧に作られる漆器は、日本人が自信を持って誇れる、最も日本らしい道具かもしれません。

普段にはなかなか敬遠しがちな器とも思えますが、いざ使ってみると思いのほか普段の暮らしに馴染んで、いつの間にか手放せなくなってくる。今の時代に合った、モダンなデザインも増えています。職人の手仕事できちんと工程を経て作られた漆器はそれなりのお値段もしますが、お箸や味噌汁椀など、まずは一番身近なものから手にしてみるのもいいかもしれません。

中目黒「SML」での展示の様子

中目黒「SML」での展示の様子(撮影SML)


現在放映中のNHKの朝ドラ「まれ」の舞台は能登地方の輪島で、漆器の一大生産地であるため、漆工房がちょくちょく登場しています。ドラマの中に出てくる親方の一言一言が、漆器の本質的なスピリットを語っていて、興味深く見応えがあります。例えば「漆器は嘘を付く。けれど職人は嘘を付いちゃいけない」。本物とニセモノの区別がしにくく、手を抜こうと思えば抜けるけれど、決してそうはしないのが真の職人、というものづくりへの真摯な姿勢を説いています。「欠けても剥げても修復することができ、本物は100年でも200年でも使える」「使うほどに艶と味わいが出て、いい器に育つ」などなど、どれも漆ならではの特長を物語っています。

今回ご紹介する松崎修さんは、輪島ではなく栃木県の益子で制作されています。益子といえば民藝の陶器が有名な地域ですが、そのせいなのか、松崎さんの漆器は、高級感というよりも、優しく人に寄り添っている感じがありました。ホッとするような安心感。素朴で気さくな大らかさを感じる器です。しかし細部を眺めるとキリッとした、妥協を許さない繊細な心配りがあります。

料理を載せると、彩りが一層映えます

料理を載せると、彩りが一層映えます(撮影SML)

美味しそうな雰囲気が増していました。

漆器があると上品な華やかさがでて、気持ちが上がります(撮影SML)


料理を乗せると、器の威力がさらに発揮されます。漆器の色の基本は赤と黒。比較的強いこの2色が、こんなにも料理の彩りを鮮やかにすることに驚きました。そして松崎さんならではの独特の彫りの質感、色のニュアンスが、漆器の気品と親しみやすさの両方をバランス良く表しています。料理を乗せた器が並ぶ風景にはハッとするものがあり、しばらく眺めていたいような、自然に心が惹き込まれていく魅力がありました。

野生のキジがいました(見えにくいですが左下の部分)

野生のキジがいました(見えにくいですが左下の部分)


早速、松崎さんの工房を訪ねてみました。益子の中心地(陶器市などが開かれるエリア)からは少し離れていて、さらに奥へ入ります。回りは山と森、草原、ときどき田んぼや畑、という自然に溢れたところでした。車を降りるとそこにはぴょこぴょこと歩く動物の姿が!きれいな色をした野生のキジが気ままな様子で森の中へ消えて行きました。

奥に見えるのが、藁葺き屋根だったという築100年を越える母屋

奥に見えるのは、藁葺き屋根だったという築100年を越える母屋


入り口の門の近くには、漆の木が生えていました

入り口の門の近くには、漆の木が生えていました


松崎さんの工房のあるご自宅は、100年以上経つ古い農家だった建物。元々は藁葺き屋根だったそうです。工房は、元馬小屋だったという木地を作る小屋と、漆の塗りを施す小屋の2棟が別々に建っていました。漆器は通常、木地師、塗り師と別々の人が担当し、分業制であることが多いのですが、松崎さんは全ての工程を1人で行っています。「刳りもの(くりもの)」と呼ばれる、木材からノミや鉋で直接くり抜いてかたちを作り出し、幾度も漆の塗りを施します。塗り工房は“漆にかぶれるかもしれないから”と中に入れませんでしたが、木地作りの工房へ入れて頂きました。

古い引き出しの中には、様々な種類のノミが仕舞われており、豆鉋(まめかんな)と呼ばれる小さな鉋がものすごくたくさんありました。「これがないと仕事ができない」という大事な道具である豆鉋。購入するときは全て同じ製品だそうですが、用途に応じて自分で少しずつ歯の角度を替え、カスタマイズして使うのだそうです。

工房の中の様子。このように座って作業します

工房の中の様子。このように座って作業します

味のある引き出しの中にはたくさんのノミ

味のある引き出しの中にはたくさんのノミ

豆鉋です

大事な商売道具、豆鉋。手のひらに納まるくらいの小さな鉋です


松崎さんの父親は木漆工芸家の松崎融さん。親子二代の作家です。工房ではお父様と向かい合わせになって、作業を行います。お父様は元々は焼きもの好きだったそうで、陶芸家の島岡達三氏(人間国宝。浜田庄司に師事)より指導を受けて工芸の道に進まれ、益子に移り住んで民藝にも大きく影響を受けたことから、いわゆる一般的な漆器とはひと味違う作品づくりをされています。

松崎さんは子供の頃からそんな姿を見て育ち、高校時代には粗彫りの手伝いもしていたそうです。手先が器用だったせいか、子供に工作を教えるような仕事をしていたこともあったとか。大学時代は野球ばかりしていて、就職では、最初は大好きな野球関係に行きたかったそうですが、受ければ受けるほど自分に対して違和感を感じてしまったといいます。「漆のことは昔から、悪くないな、と思っていました。特に強く意識することはなかったですが、この仕事についたのは自然な流れだったように思います」

友人が直しを頼んでいた大皿

料理が栄える、使いやすいサイズの大皿

グラフィック的で面白い小皿。お酒のつまみ皿に最適

グラフィック的で面白いデザインの小皿。お酒のつまみ皿にも最適


お父様の仕事の関係もあって民藝や李朝などの道具に囲まれて育ち、自身の感性を高めるためにいろいろな作品を見るようにしているという松崎さん。好きなのは中国、宋の時代の陶磁器。逆に木工作品はあまり見ないそうです。益子の土地柄もあるのか、友人も陶芸家のほうが多いとか。土地や環境、回りの人々やお父様からの学びなど、様々な要素が松崎さんらしい作風を生み出しているようです。「民藝や李朝は子供の頃から見ているせいか、すんなり身体に入ってくるような感じがありますが、自分ではあまり意識していません。お客様にはときどき、そんな風だとも言われますが。自分が作りたいと思うもの、使ってもらえるものを作り、淡々と仕事を続けていきたい、と思っています」
愛犬、ロンちゃん。人が来ると大喜び

愛犬、ロンちゃん。人が来ると大喜び


2015年6月3日(水)~16日(火)まで、大阪阪急百貨店6階「くらしのギャラリー
にて3人展、11月の陶器市の頃には益子で個展があるそうです。ぜひ足を運んでみて下さい。
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