ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.16 石井一孝、“誠実に歌う”意味

『ミス・サイゴン』でデビューし『レ・ミゼラブル』ではマリウス役を400回以上、その後ジャン・バルジャンも演じた石井一孝さん。大作ミュージカルには欠かせない存在の彼が、この秋、ブレヒトの音楽劇『三文オペラ』に出演します。破天荒な内容で多くの人々に影響を与えてきた名作に、石井さんはどう対峙しているでしょう。ミュージカルに寄せる夢とともに、たっぷり語っていただきました!*観劇レポートを追記しました*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

石井一孝undefined68年東京生まれ。92年『ミス・サイゴン』でデビューし94年『レ・ミゼラブル』ではマリウス役に抜擢、後にジャン・バルジャンも務める。第35回菊田一夫演劇賞を受賞。代表作に『マイ・フェア・レディ』『蜘蛛女のキス』『キャンディード』、ディズニー『アラジン』アラジン役(歌)等。シンガーソングライターとして6枚のCDをリリース。最新作『Treasures in my life』。1月にはソロコンサートを開催。(C)Marino Matsushima

石井一孝 68年東京生まれ。92年『ミス・サイゴン』でデビューし94年『レ・ミゼラブル』ではマリウス役に抜擢、後にジャン・バルジャンも務める。第35回菊田一夫演劇賞を受賞。代表作に『マイ・フェア・レディ』『蜘蛛女のキス』『キャンディード』、ディズニー『アラジン』アラジン役(歌)等。シンガーソングライターとして6枚のCDをリリース。最新作『Treasures in my life』。1月にはソロコンサートを開催。(C)Marino Matsushima

*4ページ目に『三文オペラ』観劇レポートを追記しました*

ベルトルト・ブレヒトの台本、クルト・ヴァイルの音楽で1928年にベルリンで初演された『三文オペラ』。英国の戯曲『ベガーズ・オペラ』を下敷きに、稀代の大悪党メッキース(メッキー・メッサー)が権力と癒着し、世の中を泳いでゆくアンチヒーロー物語は、民主主義の矛盾を突いた強烈な風刺劇として大評判をとる一方、奇妙な要素を盛り込んだ「異化効果」という演劇的手法ゆえに「難解な作品」と言われることもありました。

 『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』等の大作ミュージカルに出演し、現代を代表するミュージカル俳優の一人でもある石井さんは、今回この作品に、メッキースの癒着相手である警視総監、タイガー・ブラウン役で参加。「エンタテインメント性豊かであると同時に難解」な本作をどうとらえるべきか、やさしく噛み砕いてお話いただきましょう!

 不可解な枝葉を削ぎ落した脚本から見えてくる、2014年の観客へのメッセージ

 ――『三文オペラ』には今回が初のご出演ですか?

『オペラ・ド・マランドロ』でタイガー・ブラウンを演じた際の石井さん。写真提供:石井一孝

『オペラ・ド・マランドロ』でタイガー・ブラウンを演じた際の石井さん。写真提供:石井一孝

 「実はブラジル版『三文オペラ』の『オペラ・ド・マランドロ』というミュージカルに出たことがあって、その時もタイガー・ブラウン役をやっているんです。その作品はストーリーはほぼ一緒だけど、音楽はクルト・ヴァイルではなく既成の曲をちりばめたもの。今回はより演劇的で、まさに本来の『三文オペラ』です」

 ――音楽劇ではありますが限りなく“演劇的”で、一筋縄ではいかない作品ですね。

 「奇天烈だとかわかりづらいと言われることもありますね。僕自身、ブラジル版の『オペラ・ド・マランドロ』をやったときにもよくわからない部分があったし、今までにいろいろなバージョンの『三文オペラ』を観に行ったのですが、皆が抱くように“不可解で不思議だな”という印象が残りました。この本が何を伝えたいのか、もっと噛み砕いて、役者の体温を通して伝えられたらいいのにな、とも感じていました。

この不思議さは、“異化効果”から来るものです。突飛な論旨、突然の行動によって観客をびっくりさせながら、演劇の醍醐味を引き出そうという手法ですね。なぜこの人がここで出てきて言うのかがわからない台詞ですとか、ちょっとありえない設定などが突然出てくるんです。

ただ、今回の『三文オペラ』は一味違います。翻訳の谷川道子さんと演出の宮田慶子さんが相談して、異化効果的な部分をかなりマイルドにしているんですよ。本読みのはじめに、宮田さんはこうおっしゃっていました。“(本作が書かれた)100年前なら、異化効果は(それまでなかったので)効果があったでしょう。けれど今回ご覧になるのは(いろいろな舞台を観慣れた)2014年の日本の観客なので、受け止め方が違うのでは。だから今回は異化効果だけでなく、登場人物たちの魅力やエネルギーが立ち上がってくる『三文オペラ』にしましょう”と。

“ここはよくわからない、どう演じたらいいんだろう”と思っていた部分がスッキリとなくなっていて、今回の台本は微妙な枝葉をカットした美しい盆栽のようです(笑)。交通整理されたことで、観た人が“この『三文オペラ』、分かり易い!”と思えるようなものになっているのではないかな。演じる側もやりやすいですよ」

――なるほど、今回はとっつきやすい『三文オペラ』になりそうですね。その中で、石井さんが演じるタイガー・ブラウンは警視総監。メッキーとは若い頃に戦友だったという設定ですが、なぜ彼はメッキーとは対照的な、警察という道を選んだのでしょうか?
『三文オペラ』撮影:熊谷仁男

『三文オペラ』撮影:熊谷仁男

「宮田さんとも話しているのですが、僕はタイガーはもともと貴族の生まれなのではないかと思っています。親戚に警察にコネのある人とかがいて、“ここに来れば最初からポストを用意するよ”と、会社で言えば部長ぐらいの待遇で警察に迎えられたのではないかな。戦地にも、士官候補生として赴いたと思います。

そんな貴族のタイガーがそもそもなぜメッキーと知り合い、友人になったのか? メッキーは平民で2等兵くらいのスタートだったろうけれど、名うてのナイフ使いで、次々に武勲を立て、軍隊の中でもヒーロー的な存在。タイガーたちエリートが主催するパーティーに招かれるなどしてタイガーと出会い、男同士の会話の中で何かウマがあって親しくなったのでしょうね。戦場ですから、二人だけが共有するつらい体験などもあったのかもしれません。

というのは、メッキーは大悪党になってからも、とても血を恐れているんです。例えば戦場で撃つべきでない誰かを撃ってしまったとか、他の誰にも言えない秘密が二人にはあって、その心の傷が、絆をより深くしているのかもしれません。

 戦地から帰ってきてタイガーは警察、メッキーは大悪党と対照的な道を歩みます。台本には、タイガーがメッキーの犯罪をもみ消す代わりに賄賂をもらっていたと書かれていますが、僕はそれだけの関係ではないだろうと思っています。部長待遇で警察に入ったとしても、周りもエリートばかり。その中でたった十数年で警視総監に上り詰めた背景には、メッキーの貢献があったのではないか。

例えばどこかで銀行強盗があって、今と違って監視カメラなどもない時代だから迷宮入りしそうになっている。そういうときにメッキーが裏の情報網を使って犯人を突き止め、タイガーはその情報をもとに犯人の家に行って“おい、お前がやったんだな”“やりました”という具合で、タイガーの検挙率が異様に高かった。それが大出世に繋がっていったのではないかと思うんですね。その代わりにメッキーのみならず、例えば彼の手下が殺人をおかせば別の悪党に罪を着せて死刑にしてしまったりと、徹底的にメッキー一味を守ってきたのです」

――悪い人ですね(笑)。
『ゾロ・ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部

『ZORRO THE MUSICAL』写真提供:東宝演劇部

「なかなか腹黒いですよ(笑)。宮田さんからは、“人々が震えあがるような、怖いオーラをまとってほしい”と言われています。言わば『レ・ミゼラブル』のジャベールのような怖さですね。悪役は、『ゾロ・ザ・ミュージカル』で肉親さえ殺そうとする悪の総督役をやったことがあるので、それが引き出しになってるんじゃないかな。目のトーンや声が大事だと思うので、低い声にとどめて眉ひとつ動かさずに喋るよう心掛けています。にこにこしながらも目は笑っていないとかね。それが、無二の親友メッキーと話しているときは、“そんなに睨むなよ”と弱気な声を出す。この二面性が出せたらいいかなと思います」

――そんなタイガーとメッキーの関係は、メッキーがポリーという娘と結婚することで大いに揺らぎますね。娘を奪われた彼女の両親、ピーチャム夫妻に脅されて、タイガーはメッキーを逮捕、処刑せざるをえなくなる。ところが最後に、どんでん返しが起こります。

 「有名な結末ですよね。閉塞感が漂って、経済も疲弊している今の日本には、こういう“せめて芝居の中では夢をみましょうよ”的な結末はジャストかもしれませんね」

――そのどんでん返しの伝令役がタイガー。あの内容は、彼が一肌脱いだ結果なのでしょうか?

 「女王陛下への直訴ですか? そういう風には考えていなかったけど、そういう説もあるんですか? その前のシーンで、タイガーとメッキーは友情が決裂するんですよね。エゴとエゴのぶつかりあいがあって、タイガーは“友情より自分が大事だ”みたいなことを言う。その後に思い返して一肌脱いだとしたら、それはやりやすくなりますね。もともと、したたかなキャラクター揃いのこの話のなかでタイガーはもっとも“裏切らない”タイプの人間ですからね。そうか、この場面は明日の稽古でやるので、宮田さんに聞いてみますね」

――“わかりやすい”三文オペラ、最終的に何が立ち現われてくるか楽しみです。
『三文オペラ』撮影:熊谷仁男

『三文オペラ』撮影:熊谷仁男

「もともと曲がりくねっていた道を平坦にならしたことで、“あ、ブレヒトの描いた世界はこんなに面白かったんだ”ということが浮き彫りになっているような気がします。台本の奇天烈さによって起伏があるのではなく、役者を信じて、役者の力量で起伏が作られている。本来の演劇の作りですよね。あんまり本が突飛だと役者の力量がカットされてしまうけれど、今回は役者の力量と演出者のディレクションによってストーリーがつむがれているんです。

だからこそ、2幕最後のピーチャムさんの台詞がすごく説得力を持つ気がします。ここでどう“折れる”(演劇用語で「変化する」)のか。演じる山路(和弘)先輩にすべてかかっています(笑)。最後は山路さんを頼りにしたいと思います(笑)」

――その前のタイガーの伝令も重要だと思います(笑)。
 
「ほんとですか(笑)」。

*次ページでは石井さんのこれまでの歩みをうかがいます。小学生時代(!)まで遡ることで、石井さんの声量の秘密(?)が明らかに!

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