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三谷幸喜×中谷美紀「ロスト・イン・ヨンカーズ」開幕

10月5日にPARCO劇場(東京・渋谷)で開幕した三谷幸喜・演出作品「ロスト・イン・ヨンカーズ」。これまで敬愛し過ぎて敢えて演出することを避けてきたというニール・サイモンの戯曲に今回初めて三谷さんが挑みます! 中谷美紀さん、松岡昌宏さん、草笛光子さんらが出演するこの舞台の模様をガイドがリポート!

上村 由紀子

執筆者:上村 由紀子

演劇ガイド

コチラの記事でもガイドお薦め舞台としてご紹介した三谷幸喜さん演出作品『ロスト・イン・ヨンカーズ』。 10月5日に東京・渋谷のPARCO劇場で開幕した本作のゲネプロ(最終舞台稽古)を初日前日に観て参りました。今回はその模様をレビュー形式でリポートします!

ニール・サイモンの戯曲を三谷幸喜さんが初演出!

今から約30年前、PARCO劇場がまだ西武劇場と呼ばれていた頃に初めてニール・サイモン作品を同劇場で観た三谷幸喜さん。それ以来ニール・サイモンに憧れ敬愛する余り、彼の戯曲を演出する事を敢えて封印して来たそうなのですが、今回PARCO劇場40周年記念作品の1本として初めてニールサイモンの戯曲を演出する事を決意。その記念すべき舞台がこの『ロスト・イン・ヨンカーズ』です。

舞台は1942年、第二次世界大戦中のニューヨーク州ヨンカーズ。厳格で人を寄せ付けず、決して笑わない母・ミセス・カーニッツと、彼女の娘であり少しおつむが足りないながらも、一人の女性として幸せを掴みたいと真剣に願うベラの許に、高利貸しに借金を返す為アメリカ全土を仕事で周る事にしたベラの兄・エディが2人の少年を預けにやって来ます。更にエディの弟・ルイや結婚して家を出ていたガートも実家を訪れる中、様々な家族の問題があぶり出されていき……。物語は厳格で怖ろしい祖母の家にいきなり預けられる事になった2人の少年=ジェイとアーティの目を通して進んでいきます。

そんなジェイとアーティーの兄弟を演じるのは「おのれナポレオン」に続いての三谷作品参加となる浅利陽介さん(ジェイ)とオーディションで選ばれた入江甚儀さん(アーティ)。ニール・サイモンの戯曲では自身の少年時代がモチーフになる事も多いのですが、本作も長男であるジェイに自身の姿を重ねていたのかなあ、と浅利陽介さんが演じるジェイを観ていて思いました。弟のアーティほど上手く大人達の中で立ち回れず、兄としての責任を全うしようとしつつも大人になりきれない微妙な年頃のジェイ……とても魅力的でした。

ロスト

撮影=尾嶝太


魅力的と言えばヒロイン・ベラを演じた中谷美紀さん! 幼い頃にかかった病気のせいで少し足りない所がありつつも、恋をし、女性としての幸せを掴もうとただ真っ直ぐ生きる姿に強く打たれました。どちらかと言うとクールビューティーなキャラクターと言うイメージが強かった中谷さんですが、高めの声でセリフを喋る姿も元気に動き回る様子も本当にキュート! 物語の終盤で、彼女が母親であるミセス・カーニッツ(草笛光子)に自分の気持ちを語るシーンは圧巻です。

『ロスト・イン・ヨンカーズ』がブロードウェイで初演された際、ケビン・スペイシーがトニー賞の助演男優賞を受賞したルイを今回演じるのはTOKIOの松岡昌宏さん。地元のギャングに追われ、カーニッツ家にやって来るタフな男と言う役回りなのですが……ああ、こういう寅さんみたいな叔父さんウチの親戚にも居たなあ、と何とも懐かしい気持ちになりました。子供にとって普段関わる機会がないちょっと危ない大人って憧れの対象になったりするんですよね。

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撮影=尾嶝太

そして1992年の上演時(当時のタイトルは「ヨンカーズ物語」)と同じミセス・カーニッツを演じる草笛光子さん。ご本人が「私、ストーカーなんです。」と笑顔で公言なさるほど三谷作品の大ファンだという草笛さんは、今回が三谷作品初参加。昔起きたある悲しい出来事がきっかけで、全く笑わず他人に心を開かない厳格な老婦人と言う役柄を真っ直ぐ誠実に演じていらっしゃいました。

これはわたしたち<家族>の物語

本作の舞台は1942年のニューヨーク。今、私たちが置かれている状況とは全く違う筈なのに、「家族」というテーマで切り取るとそこには余りにも沢山の不変の事柄が共通していて、客席で何度も心を揺さぶられました。

心を閉ざし厳格に生きる母親に、「愛している」と抱きしめて欲しいと心の底で願いながら、大人として必死に自分の人生を生きようとするエディ(小林隆)、普段は平気なのに、実家に帰るとストレスから呼吸のリズムが乱れてしまうガート(長野里美)、 そして足りない所がありつつも誰より真実を分かっており、自らの人生を切り拓く為、生まれて初めて母親に全てを賭けて本心をぶつけるベラ(中谷美紀)。 家族だから受け容れられる事と家族だからこそ許せない事……。 家の中で起きるそれぞれの感情の行き違いが小さなきっかけで噴出し、閉ざされていた個々の心の扉がふと開いてしまう……。

lost

撮影=尾嶝太


三谷幸喜さんの演出は奇をてらったり、変なインパクトを狙う事なく、誠実に戯曲と向き合ったストレートなものだったと思います。戯曲の性質上、爆笑モードと言うより暖かい笑い声で劇場が包まれる……そんな幸せな3時間。

終演後、心に沢山のギフトを貰い、劇場を出た時にふと目に入ったPARCO劇場の看板。「これはわたしたち(家族)の物語です」 確かに1942年のニューヨークに生きる一つの家族の物語が、今を生きる自分の胸にも深く染み入った事を実感しつつ、自らの家族の大切さ、暖かさ、そして少々のやっかいさを思い返すのでした。

ロスト・イン・ヨンカーズ』 この作品の登場人物たちの中に、きっとあなたの姿を重ねる誰かがいる筈です。そんなもう1人のあなたに会いに、是非劇場に足を運んでみて下さい。


■パルコ劇場40周年記念公演 パルコ・プロデュース「ロスト・イン・ヨンカーズ

【作】ニール・サイモン
【上演台本・演出】三谷幸喜
【出演】中谷美紀、松岡昌宏、小林隆、浅利陽介、入江甚儀、長野里美、草笛光子
●東京公演
10月5日(土)~11月3日(日)<全36回公演予定>
PARCO劇場
【チケット料金】8,500円(全席指定・税込)
東京公演終了後、福岡、宮城、大阪、愛知、神奈川公演あり

公式HP http://www.parco-play.com/web/play/yonkers/

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