マーケティング/マーケティング事例

イノベーションの光と影‐技術はどう事業を変えるか?

現代は技術革新のサイクルが速く、急激にビジネス環境が変化しています。技術革新によるイノベーションは企業に恩恵をもたらす一方で乗り遅れた企業は市場からの退出を迫られるなど深い影も落としています。ドラスティックに変化するビジネス環境の中で、企業はどのように生き残りを模索すべきなのか?様々な業界の事例を分析しながら検証していきます。

安部 徹也

執筆者:安部 徹也

マーケティング戦略を学ぶガイド

イノベーションが生み出すビジネスの光と影

イノベーションの光と影

20年前には1%にも満たなかった携帯電話の普及率も現在では100%を超える

2012年7月1日、日本で最初に設立された携帯電話会社NTTドコモが開業20周年を迎えました。開業当時、携帯電話の普及率は1%。NTTドコモは赤字続きで親会社のNTTにとってはお荷物的な存在でした。ところが、時は流れ20年後の現在では携帯電話の普及率は100%を超え、まさに国民一人に一台の時代が到来しています。

携帯電話に代表されるように、産業界におけるイノベーションは企業に大きなチャンスをもたらします。事実、NTTドコモは20年で4兆円を優に超える年間売上を計上し、名実ともにNTTグループの中核企業にまで成長を遂げたのです。

一方でイノベーションは、華々しい光の部分だけでなく、多くの企業に暗い影を落とすこともあります。たとえば、アメリカに本社を置くイーストマン・コダック社は、フィルムカメラ全盛期には銀塩フィルムで世界シェアNo.1を誇り、2000年には140億ドル(当時の為替レートで1兆5400億円)もの売上を計上して我が世の春を謳歌していました。ところが、2000年頃から急速に普及し始めたカメラのデジタル化の波に乗り遅れ、2011年には売上が半減。そして、2012年1月19日に経営破綻にまで追い込まれました。イノベーションによって市場が急速に変化した結果、かつてのフィルム業界の盟主でさえ対応できずに経営が立ち行かなくなってしまったのです。

今、市場が急激に変化しているのは、なにもデジタル化が進んだカメラ市場だけではありません。デジタル化やIT化の荒波は多くの業界で大きな影響を与え、企業の業績に少なからず光と影を落としているのです。

それでは、続いてイノベーションが市場にどのような影響を与えてきたのか、様々な業界の現状を見ていくことにしましょう。

出版業界を襲うデジタル化の荒波

イノベーションの光と影

デジタル化の進展で益々活字離れが進む出版業界

デジタル化の大きな影響を受けた典型的な業界といえば出版業界でしょう。消費者は、インターネットを通して無料で無限の情報にアクセスできる環境を手に入れると、活字離れが加速していきます。出版科学研究所の報告によれば、1996年に2兆6570億円あった市場規模は年々減少を続け、2009年には21年振りに2兆円の大台を割り込みます。そして、この市場の縮小に呼応するように、多くの出版社が経営破綻に追い込まれていきます。

一方でデジタル化時代に出版業界で成長を遂げてきたビジネスが電子書籍。アメリカの市場では、インターネット書籍流通最大手のアマゾンにおける電子書籍の販売が紙の書籍を追い抜いたという報道もなされています。日本でも近々アマゾンの電子書籍が読める『Kindle』の発売が予定されていて、電子書籍は今後加速度を高めて普及していくことが予想されます。

また、この出版業界のドラスティックな変化に対応を試みる企業に昭文社があります。昭文社は地図や観光ガイドを主力に事業を展開してきましたが、インターネットやスマートフォンの普及により、売上はこの6年間で3分の2まで落ち込みます。そこで、この苦境を脱するために取り組んだのが自社コンテンツのデジタル化。自社の保有する地図や観光情報をカーナビに落とし込み、アプリとして有料で販売することで、落ち込む紙ベースの売上を成長化著しいデジタル化した商品で補う戦略に打って出たのです。同社の経営陣は引き続き落ち込みが予想される紙ベースの売上に対して、デジタル化商品の急成長に期待を寄せます。

カーナビ業界に大きな影響を与えたスマートフォン

カーナビ業界もイノベーションで大きな影響を受ける業種といっても過言ではないでしょう。カーナビはこれまで成長を続けていますが、昭文社がスマートフォンを活用したカーナビアプリに勝機を見出したように、今日ではスマートフォンによるナビゲーション機能も進化の一途を辿っています。これまでカーナビに数万円から数十万円費やしていたものが、スマートフォンを利用すれば無料から高くても数千円で基本的なナビ機能を利用できるようになれば、業界地図を大きく塗り替える可能性も考えられます。

そこで、いち早くスマートフォン対策に取り組んだのがパイオニア。パイオニアは、カーナビにもかかわらずナビ機能を搭載していない新商品『カロッツェリア・アプリユニット』を3万9800円という低価格で市場に投入します。この『カロッツェリア・アプリユニット』は、ユーザーのスマートフォンを接続してスマートフォンのナビ画面をユニットに表示して操作するこれまでにない新しいコンセプトのプロダクトなのです。

このスマートフォンのナビ機能を逆に取り込む新しいタイプのカーナビシステムが現代のユーザーに支持され、『カロッツェリア・アプリユニット』は年間4万台の販売目標のうち、1万台をわずか1か月で売り切るというヒット商品になりました。

少子高齢化という逆風をスマートフォンで切り抜けるおもちゃ業界

イノベーションの光と影

おもちゃ業界はイノベーションによる少子高齢化対策が急務

少子高齢化という市場の衰退危機をスマートフォンで乗り切ろうと模索しているのがおもちゃ業界です。

矢野経済研究所の調査によれば、日本国内の玩具の市場規模は2007年度の8,938億円をピークに減り続け、2011年度には7,054億円とわずか4年で2,000億円近い市場が失われてきました。このような市場の縮小を危惧した玩具業界では新たな試みとして従来の子供だけでなく、大人を取り込もうと様々なアイデアが詰め込まれた製品が開発されています。

6月14日から17日にかけて東京国際展示場“ビックサイト”で開催された日本最大のおもちゃの見本市である『東京おもちゃショー2012』では、ボードゲームとスマートフォンを組み合わせたおもちゃや電子ペットの顔の部分にiPhoneを装着して豊かな表情を表現するおもちゃなど、スマートフォンの特長をフルに活用して魅力の高い大人向けのおもちゃが数多く展示され、来場者の人気を博していました。このようなスマートフォンをおもちゃの一部として取り込むことは、おもちゃメーカーにとっても、開発費用の削減につながるなどのメリットを享受することができるといえるでしょう。

好きな時に見放題化が進むレンタルビデオ業界

ネットの高速化が進むにつれ、レンタルビデオ業界にも大きな変革の波が押し寄せています。最近では月々低価格の定額制で数多くの動画が見放題のサービスも続々登場しているのです。

先陣を切るのはアメリカでの成功を引っ提げて満を持して日本市場に参入した『hulu』。当初月額1480円で見放題のサービスを4月12日から980円に値下げ。『24』や『Lost』などアメリカの人気ドラマを中心に5725本もの動画が見放題で人気を博しています。

また、最近ではKDDIが5月から月額590円で3000本にもおよぶ動画をauのスマートフォンやパソコンで見放題の動画配信サービス『ビデオパス』を開始するなど、定額で見放題のサービスの競争が益々激化しています。

一方、このようなイノベーションによるビジネス環境の変化に苦戦を強いられているのが従来からのレンタルビデオ店。レンタル市場は2005年の3,578億円から2011年には2,542億円と1,000億円以上の減少を記録しています。アメリカでは2010年9月にレンタルビデオ最大手のブロックバスターが倒産しているだけに、日本においてもレンタルビデオ事業者はイノベーションの波に飲み込まれない対応が必要不可欠といえるでしょう。

厳しい環境の中で生き残れる企業は変化できるものだけ・・・

イノベーションの光と影

益々厳しくなるビジネス環境の中で生き残る条件は“変化できるもの”

現代の技術革新のサイクルは非常に速く、短期間でビジネス環境はドラスティックに変化していきます。このような目まぐるしく変わるビジネス環境の中で、企業は生き残るためにどのような条件が必要なのでしょうか?

かつて、ダーウィンは進化論を研究するにあたって、生物が生き残る条件として「最も強くなくてもいい。最も賢くなくてもいい。唯一生き残る条件は変化できることである」という結論に至りました。

同じように、今、厳しい環境の中でビジネスに取り組む企業にとっても、生き残る条件はただ一つ“変化できること”といえます。ダーウィンが結論付けたように、ビジネスにおいても環境の変化を敏感に感じ、適切な方向へ遅滞なく変化できれば、どんな環境の中でも確実に生き残っていけるといえるのではないでしょうか。
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