心臓・血管・血液の病気/心筋梗塞・狭心症

天皇陛下が受けられる冠動脈バイパス手術とは

天皇陛下が狭心症のため冠動脈バイパス手術を受けられることになりました。陛下のご全快を祈りつつ、この冠動脈バイパス手術について解説します。心筋梗塞にならないために大切です

米田 正始

執筆者:米田 正始

心臓血管外科専門医 / 心臓病ガイド

天皇陛下は狭心症の治療のため、冠動脈バイパス手術を受けられることとなりました。

前回の検査入院(2011年2月)からちょうど1年が経過したところでした(前回の解説記事をご参照ください)。

以下、アサヒ・ドットコム(2012年2月12日17時28分)から引用します。

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天皇陛下、18日に心臓・冠動脈のバイパス手術へ

宮内庁は12日午後、天皇陛下について「心臓の冠動脈のバイパス手術をお受け頂くことが適切」だと発表した。手術は18日を予定している。天皇陛下は11日に東京大学医学部付属病院(東京都文京区)で、心臓の周りにある冠動脈の造影検査を受けていたが、医師団はその結果から手術が適切と判断した。

宮内庁によると、今回の検査で、1年前の検査で見つかった左冠動脈の前下行枝と回旋枝のうち、約90%の狭窄(きょうさく)がみられた回旋枝について、やや進行している部分がみつかった。このため医師団は「何らかの新たな対応が必要」と判断。協議の結果、「従来の生活の維持と更なる向上を目指して」、手術が適切との結論に達した。

手術は東大病院で、東大と順天堂大の合同チームで実施する方針。

陛下は昨年2月、東大病院で受けた検査で冠動脈の血管が狭くなる狭窄が発覚。この際は、血管に別の血管をつないで詰まった部分を迂回(うかい)するバイパス手術や、血管に細い管を通すカテーテル治療はせず、投薬による治療方針が採用。合わせて、数カ月に1回、心電図をつけて24時間過ごす検査を実施してきた。

その結果、軽い運動の際に時折、血液の流れが悪くなることを示す若干の変化が認められたため、前回の検査から1年となる11日に改めて東大病院で造影検査を受け、12日午後に退院して皇居に戻った。 (後略)

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狭心症の治療には、その重症度、とくに冠動脈の狭窄(狭くなること)の度合いや場所に応じていくつかの段階があります。心筋梗塞を起こすまでに治すことがポイントです。心筋梗塞になってしまうと治療が間に合わないこともあるためです(参考記事はこちらです)。
(狭心症や心筋梗塞のメカニズムはこちらです)

狭心症は心電図、CT、トレッドミル、そして心カテーテル検査や冠動脈造影で診断が確定します。今回、天皇陛下はカテーテルと冠動脈造影の検査を受け、それによって治療方針が決定されました。

保存的治療

軽症の場合は冠動脈を広げるお薬や心臓を落ち着かせるお薬その他にくわえて食事運動療法などで安定化を図ります。これを保存的治療と呼びます。

冠動脈の狭窄や動脈硬化ができるだけ進行しないように努めるとともに、血栓が冠動脈の中でできて心筋梗塞にならないようお薬で予防するわけです。

狭心症の治療法はこちらをご参照ください。

カテーテル治療(PCI)

しかしそうした治療では対処できない、あるいは危険な場合、たとえば冠動脈の太い枝や重要な枝が狭窄したり、心筋梗塞になりやすいとき、あるいは梗塞になったときに被害が大きいと予想されるときにはPCIというカテーテル治療を行うことが多いです。

PCI

カテーテル治療

PCIではカテーテルという管(くだ)を足の付け根などの動脈から入れて、その先端についている風船を膨らまして冠動脈の狭窄を治したり、ステントと呼ばれる金属の筒をその場所でひろげて冠動脈が広がった状態で安定するように治療します。
(診断のための冠動脈造影のみならば腕の動脈からも入れることができます。)

この方法はメスを使わない、比較的患者さんにやさしい治療で、状態が落ち着けばまもなく退院でき、社会復帰も早いという利点があります。同時に、ステントに血栓がつかないように、抗血小板剤というお薬を飲む必要があり、出血しやすくなるのが玉にきずです。

このPCIでは対処しきれないときや、危険なとき、あるいは長期的に安定度に難があると予想される場合は心臓外科で冠動脈バイパス手術を行います。

冠動脈バイパス手術

この冠動脈バイパス手術では通常、胸の前の皮膚を約20-25cmほど切り、胸骨という骨を縦に切って行います。骨は手術終了前にもとどおりに修復します。

CABG

冠動脈バイパス手術

胸の壁の内側にある「内胸動脈」という動脈硬化に強いスーパー血管(1対2本あります)や前腕にある「とう骨動脈」、お腹の胃の周りにある「胃大網動脈」あるいは下肢の静脈の中から3-4本を選んで採取し、心臓にバイパスとして取り付けることが多いです。必要があればバイパスを5本以上つけることもあります。

とくに内胸動脈は患者さんの長期生存を良くすることが知られているため、頻用されています。左図は典型的な両側内胸動脈をもちいたバイパス手術です。

この冠動脈バイパス手術はかつては体外循環(別名・人工心肺)をもちいて、心臓を一時止めて行いましたが、この10数年は体外循環を使わず、自然に拍動した形のままバイパス血管を縫い付けるオフポンプバイパスが進歩普及しました。
天皇陛下の手術もこのオフポンプバイパス手術で行われると報道されています。

OPCAB

オフポンプバイパス後のCT画像

オフポンプバイパス手術の特長は体外循環をもちいないおかげで、体外循環にまつわる合併症を防ぎやすいことです。たとえば脳梗塞や出血・輸血、あるいはばい菌にやられる感染などの合併症が減り、それだけ安全に、早く退院、社会復帰しやすいわけです。

左図はオフポンプバイパス手術後の造影CT写真です。バイパスと冠動脈がきれいに見えています。

がんの治療中の患者さんにあっては、オフポンプバイパス手術はがん免疫を低下しにくいという研究結果もあり、前立腺がんの治療を受けられた天皇陛下にはこの点からも有用な手術と言えましょう。

さらにバイパス手術のあとは抗血小板剤もあまり必要ない、あるいは適宜止めることができるため、将来、もしも前立腺関係の検査や治療・手術などが必要となった場合にも、ゆうゆうと対処できることでしょう。主治医団の先生方は、こうしたことも十分検討されたものと拝察いたします。

このオフポンプバイパス手術の進歩によって冠動脈バイパス手術はより安全なものとなり、経験豊富なチームでは手術死亡率0.5%前後にまで低下しています。私たちも病院開設以来3年間、冠動脈バイパス手術で手術死亡はありません。

PCIと比較した場合のバイパス手術の有効性は欧米の大規模臨床研究であるSYNTAXトライアル(シンタックストライアル)で示されています。冠動脈の病気が複雑になっている場合はバイパス手術のほうが患者さんは長生きできるため、ヨーロッパ等ではガイドラインでバイパス手術が推奨されています。

天皇陛下が一日も早く、冠動脈バイパス手術で健康を回復されることを心からお祈り申し上げます。

◆参考サイト: 心臓外科手術情報WEBの中の虚血性心疾患のページ  冠動脈バイパス手術、オフポンプバイパス手術、シンタックストライアルなどの実際が解説されています
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