手術時の麻酔法は全身麻酔と局所麻酔に大別されます
全身麻酔の静脈麻酔を受けると、数秒で意識を失い麻酔状態になります
全身麻酔とは
私達が夜、眠っている間の意識はありません。しかし、もしナイフでお腹を切られたら、痛みで反射的に声をあげたり起き上がったりし、眠り続けることはできません。これが自然な眠りです。一方、全身麻酔では、手術のような痛みを伴う大きな刺激やストレスを受けても、無意識、無痛、体は動かない、しかも記憶に残らない状態を保ちます。全身麻酔は、麻酔薬を使って痛みや出血などの手術ストレスから患者様を守り、手術がスムーズに行える環境を整える方法なのです。■全身麻酔のメリット
理想的な全身麻酔の特徴は、副作用なく元にもどる無痛、健忘、無意識、不動状態で「4つのA」と呼ばれます。
- Analgesia:無痛
- Amnesia:健忘
- Anesthesia:無意識
- Akinesia:不動
全身麻酔の種類…吸入麻酔法と静脈麻酔法
注射を嫌がる子供には、吸うだけの吸入麻酔が行われます
■吸入麻酔法
注射に抵抗がある子供やパニック状態の患者様の場合には、吸うだけで麻酔がかかる吸入麻酔法が選択されます。代表的な麻酔ガスはセボフルランやイソフルランで、軽く鼻を突くような臭いがします。
■静脈麻酔法
点滴が受けられる患者様には、麻酔薬を点滴に注入すれば数秒で意識を取り除き、麻酔状態になる静脈麻酔法が行われます。代表的な静脈麻酔薬はディプリバンです。この薬は患者様の年齢や体重から薬の血中濃度を予測して、投薬量を決定できる専用器で注入されます。
全身麻酔の副作用と合併症のリスク
麻酔の副作用には吐き気・嘔吐、めまい、ふらつき、頭痛がよく起こります
【全身麻酔の軽い合併症】
もっとも発生頻度が高い合併症は、喉の痛み、声のかすれ、頭痛、吐き気、めまい、腰痛、眼の違和感、手術後の震えなどです。
■喉や声の異常、頭痛、吐き気、めまい
喉や声の異常は、全身麻酔中に口から気管に向かって挿入される細い管が声帯や喉に炎症を起こし、術後の喉の痛みや声のかすれとして起こります。頭痛、吐き気、めまいは、手術から体を守るために投与された麻酔薬や医療用麻薬、手術そのものが原因で起こります。
■腰痛
腰痛は、手術中に長時間、同じ姿勢を取り続けることが原因。麻酔中は寝返りや腰を動かすことができないため腰椎に負担がかかり、麻酔から目覚めてから腰痛を自覚することが多いようです。
■目の違和感
全身麻酔と目の違和感には、深い関係があります。全身麻酔中は体を動かさないだけではなく、まばたきも一切しません。よって、半開きのまぶたで麻酔にかかってしまった場合に角膜が乾燥して、麻酔から目覚めたときに目がコロコロして違和感を感じることがあります。
■身体の震え
患者様はほぼ裸の状態で手術を受ける上、全身麻酔薬の作用で体温を保つ作用が低下し、出血や水分の蒸発で、一層体温が低下します。この状態で全身麻酔から目覚めると脳もその低体温を感知し、一気に筋肉を震わせて体温を上昇。結果、しばらく体がブルブル震えて止まらなくなることがあります。
【全身麻酔の中等度の合併症】
抜けた歯が気管に入ってしまう事があります。手術前に麻酔科医に知らせましょう
■歯の損傷
人工呼吸を補助する細い管を口から気管に挿入するときに、歯を損傷することがあります。もし、ぐらついている歯があれば、麻酔科医にあらかじめ伝えましょう。なぜなら全身麻酔中や麻酔が覚めた直後でぼーっとしている時に歯が抜け落ちると、誤って気管に入ってしまい、重症肺炎を引き起こすことがあるのです。
■アレルギー
手術では、手術器具や手袋、管やチューブ、麻酔薬や抗生物質などの薬が使用されます。普段の生活では全く触れることのない物質に対して、アレルギーをおこす可能性があります。しかし、アレルギーが起こっても麻酔医が早期発見し、呼吸と循環を管理することで重症化を防ぐことができます。
■血圧の上昇と低血圧
手術の出血量に応じて血圧は低下しますし、手術操作によって反射的に高血圧や低血圧を引き起こすこともあります。麻酔医は点滴や輸血、血圧を上げる薬で低血圧に対応し、高すぎる血圧にも治療薬で即座に対応します。
■神経障害
神経障害は、体を動かさないことによって起こる手足のしびれや麻痺です。神経が手術中に伸ばされたり圧迫されて起こりますが、通常、数日から数週間で戻ります。
【全身麻酔の重度の合併症】
全身麻酔の最も重症な合併症は、脳障害、心臓停止、死亡です。しかし、麻酔による死亡発症頻度は22万人に1人と極めて少ないです。特別な持病があり、例えば遺伝的に麻酔薬にアレルギーがあった場合など、極めてまれな不運が重なった場合にのみ起きると考えてよいでしょう。命にかかわる麻酔薬に対するアレルギー反応で高熱が出る悪性高熱症は5万人に1人、心臓停止に直結する、血の塊が肺血管を閉塞する肺塞栓症は10万人に3人です。
上記の数少ないリスクを含めると、他の多くの治療法と同様、全身麻酔も100%確実に安全だと断言することはできません。しかし、全身麻酔は適切なモニターと麻酔科医の緻密な監視があれば、安全性が非常に高いことはご理解いただけるのではないでしょうか。重度の合併症は非常にまれなのです。
局所麻酔とは
のどに局所麻酔を行なうことで、胃カメラもスムーズに受けられます
■局所麻酔のメリット
局所麻酔を受けるメリットは大きく3つあります。
- 意識があること
- 全身に及ぼす影響が少ないこと
- 麻酔に必要な機器が少なく、全身麻酔より安価であること
局所麻酔の種類…浸潤麻酔と伝達麻酔
局所麻酔をうまく使えば、麻酔の副作用を減らせます
■表面麻酔と浸潤麻酔
胃カメラや大腸ファイバーでは、のどや肛門を表面麻酔することでストレスが少なく手技が受けられます。抜歯や小さな傷を縫う時には浸潤麻酔が行われ、無痛治療ができます。
■伝達麻酔
伝達麻酔には、腰から注射する脊椎麻酔(せきついますい)や硬膜外麻酔(こうまくがいますい)、脇から注射する腕神経叢(わんしんけいそう)ブロックなどがあります。 虫垂炎で腰から脊椎麻酔を受けた方も多いはず。また、硬膜外麻酔は全身麻酔に併用して手術中・術後の痛み止めとして活躍しますし、現在では無痛分娩に適応。腕や手首の傷では脇から注射する腕神経叢ブロックで、執刀医とエックス線を確認しながら手術を行なうことも可能です。
局所麻酔の副作用と合併症のリスク
- 意識があること
- 麻酔の効果が不確実であること
- 幼児にはできない
- まれに重篤な合併症が発生する
心電図、血圧測定、パルスオキシメーターなどのモニターが、麻酔の高い安全性維持に役立ちます
全身麻酔、局所麻酔ともに、定時的に測定する血圧・心拍数モニター、心電図、体内の酸素を連続測定するパルスオキシメーターなどの標準的モニターを装備し行われることが、麻酔の安全性を確保する最重要条件です。そして、熟練した麻酔科医がこれらのモニターを監視し、患者様の状態を常に把握、変化する手術状況に応じた的確な判断から最適な処置が実行されることで、麻酔の高い安全性が確立しているのです。
参考文献:
知らないと危ない麻酔の話 フランク・スウィーニー 瀬尾憲正 監修・訳