今回は1997年に兵庫県神戸市で初めて不妊専門クリニックを設立された山下レディースクリニックを取材させて頂きました。以前より、読者より取材して欲しいといわれていたクリニックでしたので、取材許可を頂けたのは嬉しい限りです。それでは、院長先生へのインタビューをお送り致します。ぜひご覧ください。
山下レディースクリニック 山下院長インタビュー不妊専門医になろうと思ったきっかけは?
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| 山下院長です。神戸における高度生殖医療クリニックのパイオニアです。 |
私は大学を1980年に卒業し、研修期間を終了後、京都の舞鶴市民病院に派遣されました。その当時は、ちょうど不妊治療における高度生殖医療の夜明けの時期でした。
1983年に東北大学で日本初の体外受精が成功し、私の医局である京都大学でもまさに体外受精チームが出来て積極的に研究と治療を進めていました。森崇英教授の指導のもと、体外受精チームには現在滋賀医大教授の野田洋一先生や現梅ヶ丘産婦人科院長の辰巳賢一先生など、その後日本の生殖医療をリードしてこられた先生方が多数おられました。
そして舞鶴市民病院も京大の関連病院ということで、私自身、IVFチームに指導を受けるチャンスに恵まれたのです。
最初は大学病院でしか出来なかった高度生殖医療ですが、越谷市民病院の田中温先生(現セントマザー院長)や福井日赤病院の西修先生が成功されるのを見て、自分たちにもできるのではないかと考えはじめました。
1986年に舞鶴市民病院の院長が、「不妊治療の勉強のためにオーストラリアに行って来い」と研修を認めてくれたのが、今につながっています。
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| クリニックの受付です。 |
当時を振り返ると、とにかくみな情熱があったというか、すごい意欲で、まるで体育会系の部活動のようでした。毎日、妊娠率を上げるにはどうすればいいのかといったことばかり考えていました。でもその当時は、まさか自分が不妊クリニックを設立することになろうとは夢にも思いませんでした。体外受精などの生殖医療が今のように盛んに行われるようになるとは、誰もが想像できないことだったのです。それだけこの治療が特殊であり、倫理面のクリアも大変だったという時代でもありました。
産婦人科医として、産科や婦人科の診療にもやりがいを感じますが、不妊治療は目覚しい進歩の中でワクワクするような魅力ある領域となっていきました。「特に新しい生命の誕生に関わる喜びの医学」であるということが、私にとって大きなモチベーションになりましたね。
クリニックの理念を教えて下さい
出来るだけ自然に近い体への負担の少ない治療を心がけるということです。
当院は、体外受精などの高度生殖医療では、関西屈指の高い技術を持ったクリニックであると自負していますが、出来るだけ患者さんにとってやさしく簡単な方法から模索していきます。事実、不妊原因の多くは広い意味での原因不明で高度生殖医療に行くまでに妊娠される方が多いのです。
しかし、それらの治療を行っても妊娠されない場合や年齢の問題、明らかな原因や本人の強い希望がある場合はARTを行う事になります。
次のページではクリニックの治療へのこだわりやメンタルケアについてお話しお伺い致しました。