2つの時間の存在
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| 「時は金なり」わかっていても時間におされてしまう場合が多いですね |
昔、小学6年の頃の話です。当時の私には、尊敬する叔父さんがいました。大阪に住んでいる親戚の叔父さんで、トップクラスの進学校を卒業していたのですが、なぜか大学には行っていませんでした。理由を訪ねると家が貧乏で学費もなく、働かなければいけない環境にあったから、という答えが返ってきました。
叔父さんは、歴史に興味があった私を大阪城に連れていってくれたり、安土桃山時代の資料集を買ってくれたり、苦手だった算数を面白く教えてくれたりと勉強の楽しさを教えてくれました。
「勉強はどうしてしなければいけないのか?」という疑問をぶつけても、私が納得がいくまで丁寧に説明してくれました。まあ、それでも、当時の私にはちっとも納得がいきませんでしたが…(笑)
その叔父さんが、夏休みが終わり、私が大阪の親戚の家から田舎に帰る時に、1枚の手紙をくれました。内容をご紹介すると、
「時間には2つの意味があります。1つは『あれから何時間たったなぁ』という何気なく過ぎてしまった時間。もう1つは『西暦何年何月何日何時何秒に起こった』という歴史的な力を持つ時間です。この歴史的な力を持つ時間の意味を、この秋はスパンクと一緒に考えてみて下さい。大阪のオジサンより」
と、ぬいぐるみのスパンクのイラストが隣に書いてありました。
この文章を読まれている方たちは、圧倒的に大人の方が多いと思います。もちろん、この「2つの時間」の違いがわかると思いますが、小学生の私には全く意味がわかりませんでした(ちなみになんとなく意味がわかったのは、3年後の中学校の卒業式で、もう戻れない時間を過ごしているんだと実感した時でした)。
今、私は大人になり、仕事や家事、育児という役割をもつようになり、小学生の頃に比べ「しなければならないこと」がとても増えました。もちろん、その中には「歴史的な時間」も沢山含まれています。しかし、自分自身の一日を振り返ってみると、これから始まるかもしれない歴史的な一瞬のチャンスを見逃してしまっている場合が多い気がします。
どうも「明日やるからいいや」「忙しいから後にしよう」「また今度にしよう」などの言葉が、せっかく伸びていこうとする気持の芽を邪魔をしているようです。本来、やりたいのなら「今」から「すぐ」やるべきですよね。