『企業のIT活用』版トリビアの泉No12です。
今回はITに関わる少し古い話題についてお届けします。
<目次>
■人工知能の父「チューリング」は同性愛者だった
■マウス登場は40年も昔の話■羽の生えたトースタがコンピュータ画面を飛んでいた
人工知能の父「チューリング」は同性愛者だった
チューリングの悲劇的な生涯をテーマに劇団四季が日本で上演しています。
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| 人工知能の父「チューリング」は同性愛者だった |
劇団四季:昭和63年秋「プレイキング・ザ・コード—暗号と道徳を破った天才の物語」、コンピュータ黎明期に活躍したアラン・チューリング(英国人)を主人公に取り上げた劇でした。
アラン・チューリングは1936年に「計算可能数についての決定問題への応用」という論文を発表しました。コンピュータが開発される以前に電子計算機の理論的な基礎付けを行ったものと評価されています。
1950年に「計算機構と知能」というもう一つの著名な論文を発表しました。「機械は考えることができるか」という主題で、この論文の後、1955年に人工知能学会がジョン・マッカーシー等を中心に米国で旗揚げされ、現在に続く人工知能の研究が幕開くことになります。
機械は考えることができるのか?チューリング・テスト
人工知能にはチューリング・テストという判定テストがあります。これは機械が人工知能かどうかを判定するためのもので、判定する人がいる部屋と別の部屋に機械もしくは人を配置します。そしてキーボードを使って会話をします。判定する人が相手は人間だと判定した時にキーボードで会話していたのが機械であれば、それは人工知能(知的な存在)とみなす判定テストです。もちろん考えたのはチューリングです。
大学卒業後、ITベンダーに就職するとUNIXというOSが搭載されたワークステーションがあり、その中にイライザ(ELIZA)というプログラムがありました。これは心理療法をシミュレートしたプログラムで、例えば「こんにちは」と入力すると「何かに困っているんですか?」と返ってきます。こちらかの入力にけっこう的確な答えを返してきて、チューリング・テストに合格するのではと思ったものです。
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| チューリングはUボートの暗号解読に活躍 |
チューリングは第二次世界大戦の時、イギリスの暗号解読センターで働き、Uボートの暗号解読などに活躍、連合国の勝利に貢献しました。
情報工学の基礎を築いた功労者でもありましたが、チューリングは1954年にマンチェスターの自宅で青酸カリを飲み自殺をしました。同性愛の罪で逮捕されるなど精神的にまいっていたようです。42歳でした。
花粉症で、防毒マスクをかぶって自転車に乗っていた逸話もあります。
■映画「ブレードランナー」の大元はチューリング
1982年公開のハリソン・フォード主演の「ブレードランナー」の原本はフィリップ.K.ディックのSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」ですが、小説の主題はアンドロイドに感情移入が可能かで、チューリング・テストが扱われています。
■コンピュータ業界のノーベル賞:チューリング賞
アメリカ計算機学会(ACM)ではチューリングを称え、彼の名を冠した賞を毎年コンピュータ科学で活躍した人々に授与しています。これがコンピュータ業界のノーベル賞と言われており、受賞者の顔ぶれを見ると
ジョン・マッカーシー、マービン・ミンスキー、ケン・トンプソン、デニス・リッチー、ドナルド・クヌース、アイビン・サザランド、アラン・ケイ等、すさまじいメンバーが並びます。
チューリング賞を受賞するということはコンピュータ業界の第一人者という証です。
次はコンピュータのマウス登場はかなり昔という話です。