アサーションとは何か?
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| ついつい自分の意見を押し付けたり、意見することをためらったりしていないだろうか? |
アサーション、すなわち「爽やかな自己表現」とは一体何だろうか?
自己表現にはどんなタイプがあるのかを考えてみると分かりやすい。大別すると以下の3つだ。
- 非主張的(non-assertive)…自分を抑えて、相手を立てる
文字通り、「黙る」「譲る」「言いなりになる」「とりあえず波風を立てない」「自分を軽視する」自己表現である。言い換えれば「自分を他人に知らせていない」状態だ。原因は以下が考えられる(友達に「晩御飯何食べる?」と聞かれた場合の例を併記する)。
- 自分の気持ちが分からない(例:「(自分が何を食べたいのかわからない)あなたが決めて」)
- 自分の気持ちを確かめていない(例:「(どうでもいい)あなたが決めて」)
- 確信が無い(例:「(提案しても拒否されるかも)あなたが決めて」)
- (黙っていても)気づいて欲しい(例:「あなたが決めて」)
- 言葉にできない(例:「(どう言えばいいのかわからない)あなたが決めて」)
結果、「言いたいことを言わない」「言えない」「伝わるように言っていない」こととなる。さらに、非主張的な表現ばかり使うとどうなるか。言うまでも無く「欲求不満」となり、以下の状態へと至る。概して、その人が育った個人的・社会的背景に原因の一部がある(例:親がずっと管理して育ててきたなど)。
- キレる…怒りが溜まり、「相手を恨む」「八つ当たりする」「よそよそしくなる」行動へと発展し、限界を超えた状態。
- うつ(鬱)になる…ずっと耐え続け、自らを責め続け、限界を超えた状態。
- 攻撃的(aggressive)…相手を抑えて、自分を通す
文字通り、「言いたいことを言う」「自分を通す」「相手を尊重しない」「相手を操作する」自己表現である。言い換えれば「相手のキモチを考えない」状態だ。原因は以下が考えられる(友達に「晩御飯何食べる?」と聞かれた場合の例を併記する)。
- 自分の気持ち・意見を言う(例:「私はカレーを食べたい!」)
- 自分優先である(例:「(とにかく)私はカレーが食べたい!」)
- 自分が正しいと思っている(例:「カレーを食べるべきである!」)
結果、「相手を従わせる」「相手に命令する」「譲らない」こととなる。さらに、攻撃的な表現ばかり使うとどうなるか。言うまでも無く以下となる。
- 一時的自己満足に走る。
- 後味の悪い思いをする。
- 友達から敬遠される。
そして、「孤独」になる。概して、その人が育った個人的・社会的背景に原因の一部がある(例:親がずっとほったらかしにしてきたなど)。また何らかのアドバンテージを持つ人(役割や地位、年齢、権力、権威など)に多い。
- アサーティブ(assertive)…自分も相手も大切にする
これが私たちが目指すべき、「自分の気持ち・意見を言いつつ、相手の言い分にも耳を傾ける」自己表現だ。この表現を用いることができる人は、以下の3つの作業ができている(友達に「晩御飯何食べる?」と聞かれた場合の例を併記する)。
- 自分の気持ち・意見を把握している(例:「私の希望を言ってみていいかな?」)
- 伝えてみることに躊躇が無い(例:「私個人としては、カレーが食べたいと思っている」)
- 相手の反応に応える用意がある(例:「でも、カレーにこだわってはいないよ。君は何食べたい?聞かせて!」)
つまり、「率直に」「素直に」「その場に相応しい表現をする」ことをアサーティブな表現(アサーション)と呼ぶのだ。
アサーティブな表現は、常に「相手を理解して話し合う」「歩み寄る」「相互尊重」「選択肢の探し合い」が意図されている。絵にするとこんな感じ。

(クリップアート:BB-WAVE)
アサーティブな表現を用いると、もちろん葛藤もあるが、対話による歩み寄りの可能性がいつも残されているわけだ。つまり、安易な同意ではなく、常に双方の気持ちや意見を理解していることが肝となる。当然、キレることも、うつになることも、そして孤独になることもない。
みなさんは、日々「アサーション」してますか? 胸に手をあてて、じっくり考えてみよう。少なくとも、若い頃の私(今も大丈夫か?)や毎日接している学生を見る限り、アサーションできている人は、結構少ないと思うぞ。
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アサーションは、現代日本に最も必要とされるスキルであることを学ぶ!