学歴が一生通用する不思議
いよいよ総選挙間近!立候補者たちのプロフィールには、必ずといっていいほど、学歴が記載されているのにお気づきだろうか。近年、日本の社会では、学歴偏重が問題となり、一部の会社では「学歴不問採用」なども導入してはいるが、実際学歴主義は根強く存在する。昇格や抜擢、異動の際も学歴も実力の一つとして、重要視されている例はいくらでもある。
会社組織内での学歴について、ソニー創業者である故盛田昭夫氏は、著書「学歴無用論」の中で、次のように述べている。
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| 学歴無用論(\525)朝日文庫 |
「わずか数年間の学校教育が、以後何十年にもわたって、その人の看板として通用するというのは、奇妙というほかはない。」(学歴無用論 p.28より抜粋)
確かに言われてみればその通りで、実際「あの人は東大だ」などというセリフは日常的に使われている。例えその人が卒業後数十年たっていようとも、だ。
学歴=価値高ではない
この「学歴無用論」は、1987年に発刊され、ベストセラーとなった。それまでの日本社会における学歴主義を批判し、実力そのものを問う内容に感銘を受けた読者も多いはずだ。
「何々大学を出たからというだけで、その人の価値が高いと決めることにはなんら意味がないし、教育の程度と学校の名前だけで、その人が役立つ度合いとするならば、大変な間違いであろう」(「学歴無用論」p.85より)
盛田氏は同書の中で、従来の学歴主義を批判し、企業内での実力主義による評価の導入について持論を展開している。確かに現在の政治家達の実力を問う際、学歴だけで評価することはまずない。しかし、政治家達は当然のようにプロフィールに学歴を記載し、また私たちが無意識に学歴を見てしまうその行為こそ、人物評価における学歴の影響を裏付けているとも取れる。そして不思議なことに、その人物の名前がうろ覚えでも、出身大学名だけ覚えていることもあるくらいだ。
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