大人のための政治基礎講座、国会シリーズ今回は「議院の自律権」についてです。耳なれない言葉かも知れませんが、議院規則の制定権、議員資格の裁判権、そして特定議員への懲罰権などがこれにあたるのです。
1ページ目 【民主議会に必要な自律権、それを確保するための権利としての懲罰権】
2ページ目 【日本の国会はどういうふうに国会議員に懲罰を与えるのか、その種類は?】
3ページ目 【たとえどんな懲罰が下っても、国会議員は裁判所に訴訟を起こせないのか?】
【民主議会に必要な自律権、それを確保するための権利としての懲罰権】
二院制日本では「国会自律権」ではなく「議院自律権」
国会外部からだけでなく、「他の議院」からの干渉も許さないのが議院自律権。そのため議院の懲罰などは、自律権の一貫として一つの院の議決で確定・完結する |
つまり、国民の代表が集まった衆参それぞれの「議院の中」で決めるべきことがらに、内閣や検察・警察、司法権、そして他の議院からの干渉は許されない。議院は規則の自主制定権や人事権、懲罰権などを、議院が他から独立して行使することができる。これが議院自律権というものです。
ここで「他の議院からの干渉を許さない」と書きました。つまり、二院制をとる日本の国会では、衆議院が参議院に、逆に参議院が衆議院に、それぞれ干渉することも許されないのです。
そのため、たとえば衆議院内の規則は衆議院だけの議決で成立し、参議院議員への懲罰は参議院だけの議決で行使されるのです。これが、「議院自律の原則」です。
「議院自律の原則」と中世ヨーロッパ議会の歴史
さて、「議院自律の原則」の歴史をお話する前に……よく議会制の母国はイギリスといわれますが、実は中世ヨーロッパには、いろいろな形で各国に議会が存在していました。中世は国王の権力が弱く、荘園を持つ貴族や領主といった連中が幅を利かせていた封建社会。国王がなにかお金のかかることをしようと思ったら、彼らを集めて税金をとってもらったり、増税に了承してもらう必要があったのでした。
そして貴族だけでなく、社会に大きな力を持っていた聖職者たち。そして中世の中頃から商業の繁栄とともに力をつけてきた都市市民の代表たち。彼らを身分別に集めた「身分制議会」は、中世、どの国でもたびたび、国王の権力の承認機関として、開かれてきたのでした。
ドイツではこの時期、「身分制議会とはお金の話をする議会のことだ」という言葉があったようです(『中世ヨーロッパの身分制議会』)。国王がなにがしかの(たいていは戦争ですが)費用などを、国内の大きな不平不満を招かず調達するには、こうした身分制議会の召集は必要不可欠だったのでした。
いまだにこの名残りを残しているのがイギリス議会であるといえます。上院は貴族で、下院は市民の代表で構成されているイギリス議会こそ、中世の身分制議会の名残りであると言えるでしょう。
身分制議会から国民議会へ、そして議院自律の原則が確立
中世の身分制議会は国王の道具だった。しかし市民勢力の強大化によって、「市民の議院」が自律権を要求、勝ち取ることになる |
つまり、経済が大きく発達し、力をつけた国王は特定の資本家(ブルジョワジー)と結んで費用を調達するようになったため、お金を集めるための議会が必要なくなったのです。
ただ、イギリスとフランスでは事情が異なっていました。
フランス絶対王政の最盛期には、「太陽王」「朕は国家なり」などの言葉を残したルイ14世などが、ヨーロッパ諸国侵略のために、大きな軍隊を作っていました。そのためフランスではフランス革命直前まで、議会は開かれなくなります。
一方、北米・インドなどの植民地経営には乗り気でも、ヨーロッパへの侵略には不熱心で、しかも島国なため国防の備えもあまり発達しなかったイギリスには、こうした強力な軍隊は育ちませんでした。
こうしたなか、イギリス国王は、17世紀のある反乱をきっかけに議会を頼り、反乱鎮圧の戦費を賄う必要に迫られました。ここで議会は復活し、議会の主導権を握った市民たちにより、市民革命が起こされ、議会主義が確立したのでした。
市民の代表である下院は、まだ国王権力増大を狙う上院からの干渉を防ぐ意味で、「議院の自律」を主張しはじめました。……こうして、二院制の議会では、議院がもう1つの院からの干渉を防ぐために自律権を行使することが、広まっていったのです。
国民からの信頼を得る意味からも大事な議院の自律
さて、議院の自律というのはこのように他からの干渉を防ぐという意味があります。しかし現在では、議院そのものが、かれらを選出してくれた国民への責任を果たすためにも重要な原則になっているといえます。つまり、議院の審議を規律正しく行うこと。よくない言動をした国会議員を処分すること。これに反して国会が乱れ混乱すると、国民に対して無責任ですし、国会に対する国民の不信が起きかねません。
とくに、国会議員には「不逮捕特権」や「免責特権」といった、他の国民にはない特権が憲法によって与えられています。特に、言論に対して刑事・民事の責任がとわれないという「免責特権」は、国会議員の大きな特権です。
日本国憲法 第51条
両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。
だからといって、その言論が悪かったことが明らかになったにもかかわらず、なにも責任が問われないのであれば、国民は納得しないでしょう。そこで、日本国憲法では、議院が自律権を発動して、自主的にそうした議員を懲罰することができるよう規定しています。
日本国憲法 第58条第2項
両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする。
では次ページでは、具体的な国会での懲罰方法について、見ていくことにしましょう。