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「靖国問題」基本的なQ&A

「靖国問題」とは何なのでしょう。靖国神社の成り立ちから、それに関わる問題を、一問一答形式でまとめてみました。(靖国神社写真提供:「東京発フリー写真素材」)

執筆者:辻 雅之

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文章:辻 雅之(All About「よくわかる政治」旧ガイド)

(2005.06.13)

今、議論を呼んでいる「靖国問題」。およそ4年前にも、「首相と靖国神社の関係って?」という記事を書きましたが、もっとよく知りたい、ということで、靖国神社、A級戦犯、中国との関係について一問一答形式でお答えします。

1ページ目 【靖国神社ってどんな神社?/首相参拝はいつから?】
2ページ目 【公的・私的参拝の区別は?/中国はなぜ参拝に反対?】
3ページ目 【A級戦犯ってどういう人たち?/無宗教施設は作れない?】

【靖国神社ってどんな神社?/首相参拝はいつから?】

靖国神社は、いつ、どのような目的でできたのですか?

明治新政府樹立直後の1869年に作られた「東京招魂社」が靖国神社の前身です。明治維新(戊辰戦争)での戦没者を祀るために新政府によって建設され、1879年、靖国神社と改名されました。

平成16年10月現在では、約247万人の「戦没者」がここに祀られています(少数ですが、公務殉職者なども、祀られています)。

よく「(東京裁判の)A級戦犯を祀(まつ)る神社」といわれたりしますが、たしかにそれはそうですが、祀られているA級戦犯たちは247万人中の、14人にすぎません。特別、A級戦犯が優遇された扱いをされていることもありません。

また、A級戦犯の合祀は1978年になってからのことです(もっとも、それは公表されず、公になったのは翌年のことです)。

靖国神社と国の関係は?

靖国神社は、戦前日本のいわゆる「国家神道政策」にもとづき、国が所管する神社として発展しました。他の神社が内務省の管轄下にあったのに対し、戦没者を中心に祀る靖国神社は陸軍省・海軍省の管轄になっていました

その後、敗戦をへて、日本を占領することになったGHQ(連合国軍総指令部)によって出された「神道指令」により、靖国神社は国とは独立した一宗教法人となり、現在に至っています。

とはいえ、完全に国とは関係が切れた、というとやや疑問符がつきます。旧厚生省が、戦後、身元が判明した戦没者のリストを靖国神社に送っていたことなどが指摘されています。

「首相の靖国参拝」が問題化したのはいつからですか?

「神道指令」以降も、現役の首相が参拝することは珍しいことではありませんでした。昭和天皇ですら、何回も参拝をしています(A級戦犯合祀以降は、参拝していません)。

また、アメリカをはじめ、多くの国の現役武官たちを中心とした公務員、外交使節たちも、靖国神社に参拝し、慰霊を行っています。

問題になったのは、1975年、当時の三木武夫首相がはじめて8月15日、つまり終戦記念日に参拝したことにあります。

首相が個人的な理由で参拝することはともかく、終戦記念日という極めて政治的な意味合いの強い日を選んで、現役首相が参拝することは、憲法上の「政教分離の原則」に反するのではないか。

そのような理由から、特に野党を中心として、反対の声が起こりました。それについて、三木首相は、あくまで「私人」としての「私的参拝」であることを主張しました。

その後、中曽根首相に至るまで、大平首相を除く歴代の首相はそろって終戦記念日に参拝をしました。しかし、1985年までは、「公私の区別」というのは、あいまいなままでした。

どうして、三木首相は参拝を行ったのですか?

自民党内部には、靖国神社を国の正式な戦没者慰霊施設にしようという考えがありました。そして1969年から、そのような制度を法制化する法案がたびたび提案されましたが、いずれも廃案になりました。

当時、保守勢力と革新勢力が、激しく対立し、しかも自治体単位で革新勢力が台頭する中で、「靖国神社国有化」の実現は、極めて難しいものがありました。

そこで、自民党の「靖国派」は、方向を「終戦記念日の首相参拝」にもっていくことになりました。

当時の三木首相もまた、党内融和の方向から、これを受け入れざるを得ませんでした。ただでさえ小派閥のリーダーとして党内基盤が弱かった上に、政治資金規正法や独禁法改正(独禁法改正は廃案)などを強行したため、党内からの反発を買っていた事情がありました。

こうして、さまざまな思惑の中、三木首相の「終戦記念日参拝」は実施されたのです。

中曽根首相の「公式参拝」とは何ですか?

自民党の「靖国派」は、次に参拝を在職中首相の「私的参拝」から首相の職務行為としての「公式参拝」に格上げすることを考えます。

これには、当時の中曽根首相も意欲的であり、彼のイニシアティヴで内閣官房長官の私的諮問機関として「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」が発足、「公式参拝」の準備が行われました。

その上で、1985年、中曽根首相は終戦記念日に「公式参拝」を行いました。

これは、世論、野党からの批判だけでなく、中国からの批判という思わぬ事態を招き(なぜ、それが「想定外」だったのかは、別項でお話します)、翌年には「公式参拝は行わない」とする政府発表があり、以後、在職中首相の公式参拝は行われていません。

ただ、「公的でない」在職中参拝は橋本首相、小泉首相が行っています。また、宮沢首相は、いわゆる「靖国派」と、自民党の大きな支持団体である「日本遺族会」の要請を受けて、秘密裏に在職中参拝を行っている、と一部でいわれています。

◎普通に人々が行き来する靖国神社の第一参道

(写真提供:「東京発フリー写真素材集」)

更新日:2005年06月13日

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