文章:辻 雅之(All About「よくわかる政治」旧ガイド)
(2005.04.03)
「
竹島問題の基礎知識」は多くのご反響をいただきました。そのなかで、さまざまなご指摘も頂きました。しかし、中には誤解されている部分も多々見受けられました。そのことをみなさんと共有すべく、今回はそれについての記事を書いてみました。
1ページ目 【「日本が韓国に《与えた》」という言葉の本当の意味】
2ページ目
【国際司法をかたくなに拒む韓国の背後にある歴史的な事情】3ページ目
【竹島問題解決が遅れると、日韓「双方」に大きな不利益が】【「日本が韓国に《与えた》」という言葉の本当の意味】「日本が韓国に『与えた』」とはどういう意味か
まず、私の表現「日本が、韓国に与えた方が多かった」に、反発されている方が多くいらっしゃるようです。日本は韓国を侵略しておいて、与えたとは何ごとかと。
しかし、これは単なる経済的な用語で、善悪の話とは関係ありません。つまり、
[日本から韓国への資本移転]>[韓国から日本への資本移転]という、純粋数学的なことです。そして、これは韓国政府も認めていることです。
もっとも、このようなことが、韓国人のみならず、日本人も一部誤解しているところがあり、それが問題だと思います。
「与えた」動機は「半島を植民地として使いやすくするため」
つまり、往々にして日本人がする「日本の植民地支配は、韓国に利益をもたらした」という主張です。
このことは、日韓正常化交渉の中、当時の主席代表だった久保田貫一郎の発言、「(日本統治によって)ハゲ山が緑の山に変わった」、というもの(「
久保田発言」)が、即座に撤回されなかったため、生まれた誤解のように思われます。
たしかに、日本の植民地支配で、韓国のインフラ整備は進みました。鉄道も敷かれ、道路、港湾設備なども整えられました。
しかし、忘れてはいけないのが、このことは「
韓国を植民地として利用しやすくするため」にした、ということです。
もちろん善意の人もいたのでしょうが、基本的にはこの考えで韓国のインフラ整備が行われたわけです。「ハゲ山を緑の山にした」のは、日本より安い労働力を使って(下手すれば強制労働)、植林し、林業で儲けようとしたからです。
ですから、たしかに韓国のインフラ整備に日本統治は貢献したかも知れませんが、それはあくまで結果論、ということです。
「侵略が違法」が確立したのは1920年代から
また、「日本は侵略という非合法行為をしたのに、竹島先占の合法性を主張できるのか」という指摘もありました。
こう考えている人には、ショッキングな内容かも知れませんが、結論からいうと、
「1920年まで、世界に『侵略は国際法違反』という概念はなかった」ということです。
第1次世界大戦前夜まで、日本を含む列強は、植民地獲得競争に熱心でした。つまり、普通にどんどん侵略していたのですね。
日本の韓国併合は1910年ですが、オランダも、スマトラ島北部のアチェを1904年に、バリ島を1908年に、それぞれ武力で侵攻・制圧し、インドネシアを植民地にしたのです(拙稿
「インドネシア・アチェ紛争の泥沼」・
「インドネシアとバリ島」をご参照下さい)。
しかし、
列強の植民地競争は大きな歪みを産みました。世界史で3C政策、3B政策というのを習った方もいると思いますが、当時覇権を握っていたイギリスと、新興国であったドイツを軸に、やがて植民地をめぐる対立が起こり、それを背景に第1次世界大戦が始まったのです。
これにこりた国際社会は、1920年に
国際連盟をつくり、侵略行為を基本的に禁止することにしたのです(もっとも、既得の植民地はそのままでしたが)。これは、不完全なシステムで、やがて来る第2次世界大戦を防げませんでした。
そして、
国際連合が作られ、侵略を防止する強固なしくみを作り上げたのです。湾岸戦争(1991年)でイラクが攻撃されたのは、侵略行為に対する制裁の意味があったのです。
しかし、反省のないうえでの議論は、韓国の人を感情的にするだけ
まあそういうわけで、20世紀初頭に「侵略は違法」という概念はなかったのですが、だからといって、日本人が韓国を侵略したことから目をそらし、反省しないで、一方的に領有を主張すれば、それは韓国の人にとっては面白くないはずです。
「日本が韓国を侵略していた歴史があることは重々承知している。しかし、私は、竹島は日本領だと思う」という感じで主張しないと、感情的な対立が深まるだけです。
ちなみに、国際連盟の創設は1919年制定のベルサイユ条約で決まったので、この段階で侵略は違法、民族自決権が認められた、と考えることもできます。この条約会議中に、民族自決権を主張する国際世論の影響をうけて韓国で起こったのが「
三・一独立運動(万歳事件)」です。
この運動はもちろん民衆ベースの独立運動で、しかし日本はこれを弾圧、鎮圧します。ただ、この時代すでに、石橋湛山、吉野作造らが、隣国であり交流の歴史も長い韓国を日本が支配国として君臨することの愚かさを指摘していることは覚えておきたいことです。二人とも、この独立運動の発生は半ば必然的なものだと主張しています。
「……故に鮮人は結局その独立を回復するまで、我が統治に対して反抗を継続するは勿論(もちろん)、しかも鮮人の知識の発達、自覚の増進に比例して、その反抗はいよいよ強烈を加うるに相違ない。」石橋湛山『鮮人暴動に対する理解』東洋時論社説より、引用元は『石橋湛山評論集』松尾尊兌編、岩波文庫、カッコ内は筆者による)