文章:君塚 由佳(All About「話す技術・伝える技術」旧ガイド)
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| 延長後半、マテラッツィへの暴力行為で退場したフランスのジダン選手。このような形で現役最後の試合を終える事を、彼は望んでいたのでしょうか? |
世界が注目するW杯決勝戦。相手選手への頭突きによる主将ジダンの衝撃的な退場処分。フランスはエースの退場を機に、2度目の世界一の座が遠くにかすんでいった…。
34歳で迎えた現役最後を飾るはずのW杯決勝の大舞台で、不名誉な退場という処分という形で自らの選手生命に幕を下ろしたジダン選手。おまけに、母国の優勝も逃し、何もかもが台無し。彼は、現役最後の試合を、こんな形で終えることは望んでいなかったはずです。あなたは、そんな彼を笑えますか?
刺激と反応の間にあるもの
ある人物の身の上に起きた物語を紹介しましょう。
彼は6歳の時に父親が亡くなり、母子家庭となりました。母親は子供たちを養うために働きづめで、子供の世話は全くできませんでした。彼は忙しい母親に代わって毎日朝から晩まで、幼い弟妹の世話をさせられます。
そして家計を助けるために15歳から社会に出て働き始め、路面電車の車掌を皮切りに、軍隊、消防士、保険外交員、船の仕事、タイヤ売り、ガソリンスタンドなどを経験しました。そして、長年こつこつと貯めたお金を元手に40歳の時にケンタッキー州のコービンで、ガソリンスタンドの一角を借りて食堂コーナーを始めます。
店は繁盛し、規模を拡大するも、1950年代に入ってから高速道路の開通で客の流れが変わり、店に客が全く入らなくなってしまいました。結果的に店は倒産。彼は一文無しとなります。
アパートを借りるお金も無く、車の中で寝泊りする生活が始まりました。生活保護は受けられましたが、最低限の生活しかできません。いい年をしていた彼には、仕事は見つかりません。家族のために、どうにか現金を得る方法はないかと考えましたが、もう何も売るものはありませんでした。
どうにかその日をやりすごすだけで精一杯。今夜の夕飯をどうするか。それを考えるだけで1日が終わってしまうのです。同じような生活をしていた人たちは、生活苦のために窃盗や強盗を働く者や、自暴自棄になりアルコールやドラッグに手を出す者も少なくありませんでした。
それでも、彼はめげませんでした。
考えに考えて、最終的に見つけたのは、料理がとても上手だった彼の母親のレシピを売ること。「どうかこの料理のレシピを買ってください。材料などは全てそちらで用意してもらうことになりますが、これは絶対にあなたのお店の売り上げに貢献できるメニューになります。だから、このメニューが1つ売れるごとに、歩合制で私にお金をください」ところが、そんな都合の良いものを買ってくれる店はどこにもありませんでした。
彼は、そのレシピを買ってくれる店を探して、車に調理器具を積み込み、全米各地を点々とする旅に出ます。毎日、毎日断られ続け、狭い車内で家族と体を寄せ合って寝泊りする生活が続きました。生活はあいかわらずギリギリでしたが、彼はこの絶望的な状況の中でも、ほかの状況を頭の中に描いていました。例えばどこかの会社が彼のレシピを買い取ってくれ、経営するたくさんの店の従業員に、営業で断られ続けることで得た教訓を説明している場面を思い描いたのです。そして、そのお店にお客さんが長蛇の列をなしているところも。
そうして自分の知性、精神、道徳心を研ぎ澄ますことにより、彼は小さな信頼の芽を伸ばし、それを大きく育て、やがて営業先の人間の心を動かすことに成功します。
彼の名前はカーネル・サンダース。ケンタッキー・フライドチキンの生みの親です。彼が困窮した生活の中で見つけ出した商法は、世界初のフランチャイズシステムとなりました。彼は、60歳を過ぎてから億万長者への道を歩き始めたのです。彼は1000回近く断られ続け、最終的に夢見ていたものを手に入れることができたのです。
ここでサッカーの話に戻りましょう。ジダン選手の退場の話です。
W杯の決勝ともなると、サッカーのプレー以外にも精神戦の部分も多くなります。トップ・プレーヤーであるジダン選手の対策として、執ような挑発もあったでしょうし、マテラッツィ選手が囁いたのは、民族的な悪口であったという噂もあります。屈辱的な挑発を受けて、ジダン選手がそれに怒ったというのも人として当然だとは思います。
同じように「当然の反応として」カーネルサンダース氏も、同じような底辺の生活をしていた仲間のように、強盗や窃盗、ドラッグやアルコールにおぼれる人生を選ぶところではあったでしょうが、彼はそうしませんでした。
ジダン選手には見えていなくて、カーネルサンダース氏には見えていたもの。それは、
人間は「刺激」と「反応」の間に「選択の自由」があるということだと思います。この「選択の自由」を見つけられるか。そこに決定的な違いがあったのです。
人生の明暗を分ける選択の自由とは?つづきは次のページへ