キャリアプラン事例

更新日:2006年04月11日

ゆっくり歩く者が一番遠くまで行く

生命保険会社からインターネット企業社長への転身。この劇的な変化をもたらしたのは、30代前半で発覚した病気だった。

文章:角田 正隆(All About「キャリアプランニング」旧ガイド)

病気が人生を見つめ直すきっかけに

一休 森正文社長
一休 森正文社長 1962年生まれ。86年上智大学法学部卒業、同年日本生命保険入社。89年からニューヨーク派遣、帰国後は本社財務企画室に。98年プライムリンク(現一休)設立。2005年8月東証マザーズ上場を果たす。参考記事『人生は一回限り』 
高級ホテル・旅館の予約サイト「一休.com」などを運営する株式会社一休の森正文社長は、起業するまでは日本生命(ニッセイ)で法人融資、資産運用などに携わってきた。社員のほとんどが営業所を点々としながら地道な営業活動に従事する生命保険会社の中で、森氏はかなり恵まれたキャリアを歩んできたことになる。

1年半のニューヨーク派遣から帰国してからは、本社の「財務企画室」に配属される。この部署はいまだ日本の上場株式の約5%を持ち、運用規模も国家予算の約半分といわれる巨大生命保険会社の資産配分を決める超エリート集団である。

日の当たるエリート街道を進んできたが、30代前半で受診した健康診断で「C型肝炎」が発覚してしまう。治らなければ肝硬変、肝がんになることもある恐ろしい病気をきっかけに、森氏はこれまでの生き方を大きく見直すことになった。

「不満のないサラリーマンなんて世の中に誰一人としていないと思うんですが、ニッセイみたいな大組織ともなればどうしても役所っぽくなってゆくものです。出世競争に命をかけて万が一、社長になったとしても、数年経てばベルトコンベアに押し流されるように、次にバトンタッチすることになる。これではむなしいと思いました」

実は銀行員だった森氏の父親も肝臓が弱く、肝臓の病気で52歳にして命を失っている。勤勉に働きつめても会社を離れれば、自分の名前が残らないサラリーマンにむなしさを感じても不思議ではない。数年間の闘病生活で「人生は一回限り」という思いを強くする。

その一回限りの人生を有効に使うための決断が起業だった。

「自分がやりたいことをやる方法として、一番手っ取り早い方法が会社をつくることだったのです」


>手帳を持たないことが、時間を大切に使う秘訣?

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藤田 聰

人材開発・キャリアプランニングの専門家。IBMを経て起業。大手企業を中心に、延べ30万人以上の能力評…

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