■こだわりや思いが注がれた家
その存在を知ってから、一度訪れてみたいと思っていた作家の林芙美子邸に行ってきました。写真で見た通り、趣のある木造住宅でした。高台の傾斜に建っている住宅で、南面に間口の広い敷地なので、陽当たりも申し分ありません。住居棟とアトリエ棟の2棟からなる平屋の建物です。
芙美子は、この家を建てるために、200冊近い本を読んだり、京都の民家を職人さんと見学に行くなど、かなりのエネルギーを注いだようです。そして、設計の際に特に希望したのは、東西南北風の吹抜ける家であることと、茶の間と水まわりにお金をかけるということだといいます。これは、今の家づくりにも通用すること。この築60年を超える住まいに親しみがわいてくるのと同時に、家に対する思いは、今も昔も変わらないものなのだと痛感しました。
さて、どんな家だったのか、ご紹介しましょう。
■自ら遠方へ赴き、研究を重ねる「放浪記」や「浮雲」で知られる作家の林芙美子が家を建てたのは、38歳のときだそう(1941年)。それまで、住んでいた借家を出なければいけなくなったのがきっかけで、土地を購入、設計を建築家の山口文象に依頼して建てたといいます。
山口文象とは、祖父が宮大工、父が大工という家庭に生まれた人で、学歴はないものの、1930年代にドイツ留学の経験もあり、「国際建築様式」を深く知り抜いた建築家として、活躍しました。黒部川第2発電所など大規模な建築物から、個人住宅まで幅広く手がけたようです。

そんな存在の建築家に依頼したのも、おそらく、約1年間に渡って、たくさんの書物を読んで、研究した結果のことでしょう。木材や瓦などの知識を得るだけでなく、大工などの職人についても、できるだけいい人に頼みたいと、相当、熱心に探したということが文章に残されています。
こうしてでき上がった家は、随所に芙美子のこだわりが生かされ、控えめでありながら伸びやかさが感じられる住まいです。計画段階から細部に渡って気配りされてはいたものの、暮らしてみて、当初の予想と違ったのは、書斎。作家である林芙美子は、原稿を書くためにつくった部屋より、納戸としてつくった部屋を書斎がわりに使っていたそうです。その部屋だけ庇が深くなっているぶん、落ち着いたのかもしれません。半障子になっていて、机に座ると、障子ごしに庭がながめられるようになっているのも、執筆の途中で気分転換になったのかも、などと、想像しました。