文章:白崎 泰弘(All About「オール電化住宅」旧ガイド)
今回は、空気の熱でお湯が沸く給湯システム「エコキュート」の誕生物語です。
「地球環境を守る切り札」と言ってもいいエコキュートは、実は日本人が開発したのです。ただし、1人の発明家が生み出したわけではなく、3社が共同で開発したもの。
何度も暗礁に乗り上げながら、粘り強く続けられた研究開発の末に生まれたエコキュート誕生のプロセスを見ていきましょう。
エコキュートの基本システム「ヒートポンプ」は
19世紀後半から
エコキュートの基本システムであるヒートポンプの原理は19世紀後半には確立していました。今のエアコンはほとんどがヒートポンプ技術を利用しています。
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| ヒートポンプの仕組み(暖房の場合) |
図中で室内と室外を行き来して熱交換の役割を果たしているものを冷媒といいます。
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| 地球温暖化係数の比較(出典:デンソー) |
この冷媒に使う物質として1930年にフロンが開発されてから、エアコンや冷蔵庫が世界的に普及するようになります。
しかし、ご存知のようにフロンはオゾン層を破壊することが判明し、1987年から段階的に規制され、現在は製造禁止になっています(右図の特定フロン)。それに代わって開発されたのが「代替フロン」。これは、オゾン層破壊物質ではありませんが、地球の温室効果への影響は高いと言われています。
省エネを目指し、
「給湯用ヒートポンプ」開発スタート
エコキュートの開発に取り組んだのは、「電力中央研究所」「デンソー」「東京電力」の3社。
中でも、電気事業の中央研究機関である(財)電力中央研究所(以下、電中研)は、1988年から家庭用の給湯用ヒートポンプの開発に着手しました。しかし、当時の冷媒でお湯を沸かすのは、60℃が限界で、家庭用として通用するコンパクト化、コストダウンもはかどらず、1992年に開発を一旦断念。「業務用としてなら」、ということで開発は進められ、試作機ができる段階にまでこぎつけましたが、1997年に「気候変動の枠組み条約第3回(COP3)」で「代替フロン」も規制対象になり、こちらも断念せざるを得なくなります。
研究開発から商品化への過程で、研究継続が困難な状態を「死の谷」といいます。二度の「死の谷」に直面した電中研内部では、「ヒートポンプの研究はやめたらどうか」という意見も出るようになります。
しかし、「ヒートポンプは省エネ推進に欠かせない技術」という信念のもと研究は続行されました。
脱フロン化を図るため、自然冷媒のCO
2に着目し、1995年から冷媒としてのCO
2の基礎研究を始めました。
その頃、デンソーでは・・・ >次ページ