文章:井田 英登(All About「K-1・PRIDE・格闘技」旧ガイド)
【承前】PART1/ライト級トーナメント中止で露呈した移管事業の遅れ
ロレンツォは本当の“ホワイトナイト”だったのか?
PRIDEの買収が囁かれ始めたのは、決して最近のことではない。
フジテレビの放映中止という事態が勃発したために、10数億とも言われる莫大な放映権料収入やそれに伴うスポンサー収入が消滅したのは周知の事実だろう。だがPRIDE運営の首をさらにきつく絞めた要因の一つは、10月の第一回アメリカ興行とそのPPV購買が大赤字に終わったことだろう。「日本のPRIDEをそのまま輸出」という意図のもと、演出や選手ブッキングにも、国内同様の規模での予算を組んだこの大会は確かにゴージャスな内容ではあったが、それに見合わない大赤字を産んだようだ。
北米に於けるUFC景気にあやかろうとした意図は判るが、現在その人気を支えるファン層は、UFCが二年越しで全米放映してきた新人発掘番組『The Ultimet Fighter』の下地があってのこと。急ごしらえで、コアな格闘技ファン以外に支持層を持たないPRIDEが大博打を仕掛けた所で、そう簡単にジャックポットが引き当てられるわけもない。
逆に言えば、綿密な現地マーケティングも施せないまま“一発勝負”に打って出なければならなかった要因は、やはりTV放映中止という閉塞状況を打開する“ブレイクスルー”を求めてのことであったにちがいない。アメリカの成功が、まるで日本で起きたPRIDE排斥の流れを打ち消す“神風”となるのではないかという、ある種神懸かり的な信念でもあったのではないかと思える程、根拠の薄い“自殺行為”的な暴挙であった。(その強気一辺倒の拡大路線をかつて僕は、太平洋戦争で無謀な出撃に轟沈した“戦艦大和”状態であると評した事がある。)
だが、そのPRIDEのアメリカ進出を“一発勝負”で終わらせまいとした人間が居る。榊原氏が2003年3月にDSE社長に就任して以来、毎年のように目標に挙げながら一度も実現する事の無かったアメリカ大会を、ようやく現実化させた立役者とも言える人物、“PRIDE USA代表”“(実際はコンサルタント契約であったと言われるが)エド・フィッシュマン氏である。
コンサートプロモーターとして四十年間になんなんとする経験を持ち、アメリカ有数のカジノチェーンであるHarrah’sを始め、トップクラスのカジノ経営者とも深い結びつきを持つフィッシュマン氏は、閉鎖的なラスベガスでの興行を現実化する絶好のキーマンであった。彼は2006年4月にDSEと契約し、たった半年でPRIDEのアメリカ上陸を現実のものにしてみせた。そんな彼を評して、“PRIDEのアメリカの父”とまで持ち上げたのは榊原社長であったが、彼との契約は年間200万ドル+ゲート収入の10%を、五年間各六大会分保証するという、かなり高額の内容でもあった。
頼みの綱であったアメリカ大会が赤字に終わり、期待した年末の男祭りにも地上波中継が復活しなかったこともあり、PRIDEの有利子負債は30億を超えるものに膨らんだと言われる。当然フィッシュマン氏との契約を履行できる見込みも無く、2007年2月のアメリカ第2回大会「PRIDE33」の開催前の正月早々に、榊原氏は契約の破棄を申し出る事になる。
既にPRIDEは10月大会の失敗直後から、WWEやUFC、プロエリートなど資金潤沢なアメリカの格闘技関連団体に接触し、身売り提案を繰り返していたが、それも実る事の無いまま年始を迎える事になっていた。だがその情報を聞きつけていたフィッシュマン氏は、逆に自らがPRIDEを買い取り、オーナーとなるということを提案したのだという。
エンターテイメント業界や媒体とのコネクションの強さ、十分な資金力、そしてアメリカでのビジネス展開に明快なビジョンを持っていたフィッシュマン氏がPRIDEを買い取っていたら、UFCは強烈なライバルを、お膝元のアメリカに抱える事態となっていただろう。
フィッシュマン氏は買収の条件として、1ヶ月を掛けてDSEの財務状況監査を申し出ていたという。それだけ、彼はビジネスとしてのPRIDE運営を真剣に捉えていたということになるだろう。だが、一方で膨らむ一方の負債を抱えた榊原社長には、そんな悠長な話を受け入れる余地あったとも思えない(実際、週刊現代の告発にあったようなブラックな側面がDSEの経営にあったとすれば、査察を受け入れる事自体不可能であったとも思われるが)。
結局、この石橋を叩いて渡るようなフィッシュマン氏の態度が、裏目にでた。秋から年末のPRIDE買収話に首を縦に振らなかったロレンツォ氏だが、フィッシュマン氏という強力なライバル出現で、一気にPRIDE買収に前向きになったという。
逆に言えば、フィッシュマン氏のような財務状況の精査は、ロレンツォ氏には必要なかったと言える。PRIDEがフィッシュマン氏という新オーナーを迎えて息を吹き返すぐらいなら、まずその生殺与奪権を自らが握ってしまえという、いわば“敵対買収”であったことが、これらの情報からは浮かび上がって来る。
現在、フィッシュマン氏はネバダ州法廷にDSEを契約不履行で提訴しているが、すでにそれも“終わった恋の清算”という感がある。
ただ、主力選手は次々にUFCへと流出し、次回大会の開催はおろか、新体制の発表さえもままならない、現在の膠着状況を見るにつけ、本当にPRIDEにとっての本当の“ホワイトナイト(白騎士:経営難に陥った企業を営利目的ではなく支持し、資金提供する善意の後援者)”だったのは、ロレンツォ氏ではなくフィッシュマン氏だったのではないかという気がして来る。
三月の売却決定以降、榊原氏はかつての絶賛ぶりを忘れたかのように、フィッシュマン氏を“一生懸命汗を流してくれる人ではなかったので、こちらから辞めていただいた”とこき下ろすようになっているが、もしかしたらその過小評価は、自らの背信を隠すためのベールなのかもしれない。
【PART3】ロレンツォ買収は、地上波放映が絶対条件に続く