文章:井田 英登(All About「K-1・PRIDE・格闘技」旧ガイド)
前回井上康生選手のプロ化を巡る話題を紹介したのだが、僕自身の中では、あの原稿の中に、まだ納得のいかない部分を残してしまっていた。
〆めのコメントに書いた、このフレーズである。
アマチュアで一つの道を歩んできたアスリート達を横からかっさらうようなスカウティングを続けている限り、総合格闘技はいつまでたっても「受け皿競技」以上の地位を築くことはできまい。むしろパンクラスの尾崎社長が提唱するように、総合格闘技自体がオリンピックに正式競技として採用されるような、独自のアマチュアシーンを作り、自らの広大な底辺から人材を育成するような構造を目指すべきではないだろうか
(クローズアップ記事
「井上康生プロ転向の行方」)
「オリンピックの正式競技に」などと軽々しく書いてはみたものの、実際に総合格闘技が、本当に世界最高のスポーツの祭典に登場する事などありうるのだろうか? そうなるには果たしてどのような条件が必要なのだろうか? 考え出したら止まらなくなってしまったのである。
そこで今回から三回ないし四回の予定で、、古代オリンピックに遡る総合格闘技の歴史や、オリンピック化を目指すアマチュア総合格闘技の試みなど、このテーマに沿って集めたさまざまな情報を整理して届けしようと思う。最終的には、「オリンピック競技化可能な総合格闘技」とは如何にあるべきかシミュレーションすることを目指したい。
古代オリンピックには総合格闘技が存在した
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| 近代の理性と古代の野生が融合を果たす日は来るのか? |
そもそも、総合格闘技の源流は、古代ギリシャオリンピックにこそあるのをご存知だろうか。
BC648年、第33回オリンピックに競技として取り入れられた、「パンクラチオン」という競技がそれだ。ルールは目や口、肛門など粘膜部分を抉ることと噛みつき以外全てが有効。武器は用いず、全裸で相手がギブアップするか戦闘不能になるまで闘い、相手が反則を犯した後なら反撃としての反則は許されるという過激なものだったという。
当時ギリシャでは、ゼウスに捧げられるオリンピア大祭を頂点に、二年に一度開催されるパライモニオン大祭やネメア大祭、そして同じく四年周期のピュテイア大祭など、各地でさまざまな競技会が行われていたという。そのため、地方によっては同じ競技でもルールが異なる場合が多々あったという。勇猛で知られる都市国家のスパルタでのパンクラチオンなどは、噛み付きさえも解禁されていたというから驚きだ。
そもそも古代オリンピックというのは、「平和と調和」をテーマとする近代オリンピックと比べると、相当荒っぽい。統一国家ではなかったギリシャ周辺の都市国家間の覇権争いや、優越階級であった一握りのギリシャ自由民の肉体的優越性を争うという性格があったこともあり、戦争を直接イメージさせる槍投げや、20キロ近い甲冑や盾を身に着けたまま384メートルを走る武装徒競走や戦車競争などの競技が組み込まれ、優勝者以外の敗者は罵倒の下に競技場を追われるなど、相当殺伐とした雰囲気があったようである。
格闘技はそうした空気の中、花形競技の一つとなっており、全身にオイルを塗って戦うレスリングや、皮紐を拳に巻いて殴りあうボクシングなど、近代オリンピックにも残る格闘技系競技の原型が含まれていた。特にパンクラチオンは、その中でも究極の競技として人気があったという。