日本で仕事をすることの魅力は如何
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| 南アフリカW杯から2ヶ月過ぎたが、代表監督はいまだ決まらない |
W杯終了からそろそろ1か月半が経過するというのに、日本代表の新監督がいまだに決まっていない。パラグアイとの決勝トーナメント1回戦で負けたのが6月29日だから、実質的には2か月が過ぎたことになる。なぜここまで、新監督選びが難航してしまったのか。改めて整理してみたい。
今回と同じ岡田武史監督の後任を探していた98年のフランスW杯後、日本サッカー協会はアーセン・ベンゲル監督に就任を打診したと言われている。95年から96年半ばまで名古屋グランパスを率いたベンゲルは、日本サッカーへの理解があり、日本サッカーの成長に関心を寄せていた。2001年に稲本潤一を獲得したのは、日本サッカーの潜在能力を評価していたひとつの表れだっただろう。
しかし、そのベンゲルも日本代表監督のオファーは受けなかった。イングランド・プレミアリーグのアーセナルというビッグクラブで采配をふるう彼にとって、極東の代表チームの監督という仕事は残念ながら魅力的ではなかったと考えられる。2000年の5月から6月にかけても代表監督就任が報道されたが、ここでもベンゲルは首を縦に振らなかった。「フルタイムでチームに携われるクラブの強化に魅力を感じているし、代表監督は、もう少し歳を取ってからでもできるからね」と、のちに彼は話していた。
ひるがえって、今回のケースである。原博実技術委員長が接触をはかったのは、ヨーロッパや南米の第一戦で活躍してきた監督に集中している。とりわけスペイン人に執心していたようで、それなりの実績を残している監督たちの名前があがってきた。
ヨーロッパのサッカーマーケットにおいて、いつオファーを受けてもおかしくない監督ばかりである。「
次期日本代表監督選び、絶対に避けるべき点」で指摘したように、日本との精神的なつながりがほとんどない彼らにとって、ヨーロッパから遠く離れた日本で仕事をすることが、どれほど魅力的に映るのか。野心をくすぐられるチャレンジなのか。何よりも、日本代表を強くしたい、日本サッカーの発展に貢献したい、という思いを抱いているのか。
原技術委員長は、そのあたりを見誤ったのではないかと思うのだ。世界的な監督に日本代表を託そうという発想は間違っていないし、それこそ野心的なトライだったと思う。だが、ここまで人選が難航しては批判を免れないし、自身の世界観で突っ走った代償は大きい。